03 遭遇記念


 何も私だって伊達にハッカーをやっているわけではない。1-ハに関する情報に、誰にも教えていない解析結果があるのだ。何所にも記録として残していない、それは私の頭脳の中だけにログを残してある。
 私は偽装のアカウントを使い、TAKI――つまり私自身になりすまし、いつも使っているポイントとも別な地点からログインしなおした。
 詳しく説明するほどに訳がわからなくなりそうだが、簡単に言うと、私という人物が別なアカウントを使って別人としてログインするのだが、その別人はネット上の私を装っているのである。
 だから何だと言うと、この状態なら私は私として活動可能で、さらに私のアカウントに危害が起きた場合でもそれは他人の物であるので、私に被害は出ない。消滅させられようが構わないのだ。
 誰でも使う手だが、力量が問われるのはいか上手く装うかという事だ。無論私なら楽勝だが。
 私は私になりすまし、ネット上のマーケットの一つに何食わぬ顔で入った。
「いらしゃい、TAKI」
 なじみの店員が何食わぬ顔で挨拶をする。彼はシステムプログラムに組まれた一つの意識体。ネームプレートに全角で<タカ丸>と記されている事から、システムAIである事が照明されている。
 システムAIには当然軽重の違いはあれ、犯罪を嗅ぎつけるためのプログラムがデフォルトで取り付けられている。その彼が異常を知らせないということは、当面ばれる事は無いという事だ。
「今日はどうする? 髪型?」
 言いながら彼は既に私の頭を操作し始めている。満面の笑み。AIと思えない笑い方や仕草、人の話の聞かなさ加減、独特の雰囲気を持った可視プログラム。
 私は以前、彼にリアルの話をしてくれとせがまれた事がある。
「もみあげ切らないの? もっと格好良くなるよー」
「これが私のポリシーなんです」
「じゃあ前髪は? センター分けは流行らないよ」
「そこは結構です」
「じゃあどうするの?」
「後ろ髪、お団子に結って下さい」
「お団子?」
 はとへの中間ぐらいの発音でふにゃふにゃと笑った。
「タカ丸さんふざけないで下さい」
「ふざけてないよー。最近景気はどう?」
「可もなく不可もなし」
「ウチは新しいバイト入ったよ」
 話を聞かない人だな……と文句の一つも言いたくなったが、それより彼の言う、<新しいバイト>の方が気になった。バイトって、AIが切り盛りする店に何故バイト。
「どうしてですか?」
「雇ってって言われたんだもん」
「だもんって……」
「会わせてあげるよ。ホントは裏で働いて貰ってるんだけど、TAKIはお得意様だから特別で。へいだゆー」
 気の抜けた声の最後、へいだゆ、へいだゆう、ヘイダユウ!
 1-ハナンバー11ヘイダユウ!
 私の解析結果は、当然、全く当然だが、正しかった。
 1-ハはトロイの木馬型のウィルスで、突如として毒性を表す。逆に言うならば、無害なプログラムとして活動している時間帯が存在する。
 さらに01から11までそれぞれに好みの行動範囲が存在し、集団で悪性の行動を取る場合以外は、あたかも通常キャラクターであるかのように行動している。
 そして最後は私の勘だが、そのうちの一体がキャラクター操作系が可能な場所にいる。つまりタカ丸さんのヘアサロンのような。
 一番最初に当たったところで出会ったのは幸運だった。
 タカ丸さんの声に応えたのは幼子の音声。
 噂に違わぬ。間違いない!

 ナンバー11ヘイダユウ、店の奥から顔を出した途端に私の顔を凝視して動きを止めた。手にカラーカタログを持ち小さな身体にぴったりのエプロンを身に着けている。
「違う!」
 子は叫んだ。
「タカ丸さん、その人はニセ者です!」
「ええ?」
 偽装がばれた?
 そんなはずはない、システムAIのタカ丸にすら見破られなかった完璧な私の仕事。それがウィルスに見破られる筈がない。
「警告です。直ぐに強制ログアウトを実行します」
 ヘイダユウは子どもの外見に丁度合った動きで私から離れるように躙り下がり、店の壁に当たったところで足を止めた。
「タカ丸さんもウィルスって事はないですよね?」
「あは、どうしてそんな事聞くの」
 AIの読めない表情。「疑わしきものが多すぎるんですよ!」
 私が行動に移るのを、ヘイダユウは待っている。これまでの解析結果によると、こいつは罠を仕掛けては待つタイプだ。
 私は動かない。安全を確保するには、表立った動きは禁物だ。裏の動きも勿論、ある程度は読まれるだろう。読まれない手、とかく今の私の目的は、1-ハのデータを集める事だ。このアカウントの生死は問わない、データさえ取れればいい。どうせまた生まれる事は出来るのだから。
 だが収集したデータまで破壊されるのは御免だ。ある程度は脳に書き留めるつもりだが、私自身のキャラクターに残されたログが重要な情報にならないとも限らない。
「タカ丸さんはどっちの見方ですか」
 ヘイダユウが問うた。手元に何らかのスイッチを準備しているのが判る。逃げるなら、ヘイダユウが行動を起こした直後だ。
「俺? 俺はただのAIだから、何も出来ないよ」
「そんな事を聞きたいんじゃありません」
 焦れったそうにヘイダユウが言う。
 その時空間に介入者が現れた。スマートな進入だが、私の目は誤魔化せない。強制割り込みの所為で回線と空間に極小のノイズ。
「既に別の人間と手を結んでいる、っていうのもあるかも知れないぞ?」
 声が先だった。いや、姿は現さなかったというのが正しい。涼しい声、何者だ。
 半分冷めた頭で――つまり私はさっきから意識の半分しかログインしていなかったのだが――その半分でサブモニターとして端末の横に置いた一五センチ四方程のガラス面を、片目で睨み、片手でキーボードを操作し、私は人知れずノイズの解析を始める。
 ノイズの出所を探る。ソフトウェア化した動作は、一秒かからずに結果を出した。
 間違いなく、伊作さんの店だ。さらにログイン名は<TATIBANA>。
 伊作さんの所にはあの日以来行っていないのだが、どうやら何かと縁が深いらしい。
 それにしても、どちらもさして隠してもいなかった所を見ると、自信があるのかそれとも後ろめたいところが一つもないのか。<TATIBANA>というとあの情報のソースではあったが、どうもAYABEの言う<敵>でもあるような雰囲気がある。
 その証拠に、私のキャラクターの左胸が、ポンと音を立てて吹っ飛んだ。攻撃元も、直ぐに足が着く。やはりTATIBANA。
 続いてヘイダユウの足下でも小さく爆発が起こった。
「警告だ、動くなよ」
「それはこっちのセリフです」
 小さなヘイダユウが、先ほどから手に握っていたスイッチをオンにした。一瞬爆風が起こったが、どうやらただの煙幕らしい。煙が一瞬画面を覆う。私はその隙にキャラクターを修正しつつ、ヘイダユウとTATIBANAの動向をサブモニターで解析し続けた。TATIBANAは動かない。
 煙はホンの一瞬で晴れた。クリアになった視界に、目を丸くしたヘイダユウと困った顔で笑うタカ丸さんが映し出される。
「ごめん、逃げられないようにしてあったんだ」
 タカ丸さんが申し訳なさそうに言う。成る程、タカ丸さんは<SECHS>と手を結んでいるのか。
 さほど驚きもない。普通のショップAIならいざ知らず、こういう事でもやってしまいそうなのか彼という存在なのだ。
「TAKI君の方はリペアも完了してるみたいだが、もう止めた方が賢明だよ」
「逃げ場なしか」
 私は態とらしくうなだれた。本気ではない。TATIBANAが張った警戒網が、サブモニターの解析にも当然現れている。正に縦横無尽、袋のネズミ状態。だがどこかに、抜け道があるはずだ。
「さっきは正攻法で行こうとしたから失敗したけど」
 先ほどと打って変わって、ヘイダユウが余裕の笑みを浮かべた。
「逃げ足ならちょっと自信あります」
「ほお」
 TATIBANAの方も余裕。双方とんだ食わせ者だ、AYABEとは別のタイプの。
 突如ヘイダユウは走り出した。世界を構成する、データの隙間を!
 私はこの瞬間を待っていたのだ。
 ヘイダユウ本体のデータが、システムの穴という穴を縫って何処かへ走り抜けていく、これが神出鬼没1-ハの能力の一部分か。最初から予測があった。そのヘイダユウの駆け抜けていく足跡を、私は追いかけた。
 その道は、彼のような案内者無しでは見つけられないだろう。ログも残らない、システム本体でさえも把握しない、このウィルスの破天荒な足取り。
 追う私の足は夢中だ。取り残されれば、システムつまり世界、の狭間に捕らわれる。偽装アカウントとはいえ、システムの穴にどんな魔物が潜んでいるかもわからないのだから。
 後ろに追う者は、いないだろうか?
 TATIBANAが同じく追ってきているのではないかと不安だったが、ヘイダユウの逃げ足の早さに、振り返る暇もなかった。

 突如開けた場に出た。街の外の荒野だ。場所を確認すると、先ほどまで居た街からかなり離れている。移動した感覚がそれほどない所から考えると、確かに<正攻法>でないらしい。
「ヘイダユウ、後ろ!」
 また別な子どもの声。はっとして前方を確認すると、あと二体1-ハウィルスが待機していた。そのうち一体――確かナンバー06キンゴ、が日本刀を摸した武器を振り上げ、私に斬りかかろうとしているところだった。
 既の所で交わす。だが振り下げられた勢いのまま、今度は下からすり上げてくる。かわせぬと判断し、私は片足を捨てた。
「はあっ!」
 太股に大きな破損が走る。<痛み>のデータが情報の中を走っていく。だが生身ではない、何も感じぬ。不自由になった足の修復を自動化したプログラムに任せ、同時に私も武器を読み込んだ。
 円状のナイフ、投擲を目的としたそれは古来中国より伝わる<戦輪>を摸している。切り裂く事を目的とした武器で、今のような接近戦には相応しくない。
 だが私は片手に戦輪を構え、臨戦の態勢へと入った。警戒するようにキンゴが後退したが、私の細かい武器を見て勝機を見出したのか強気に睨み上げている。
「いざ、参る!」
 些か時代遅れのかけ声と共に、キンゴが先に動いた。好都合である。考え方の違いだろうが、私に言わせれば先に動いた者の負けだ。
 大見得を切りすぎて勢いに余った少年は、先ほどの細かい流れとは打って変わって大雑把な太刀筋を見せた。易々とかわす。
 そして私は予備動作無しに戦輪を投げた。キンゴの頬を掠め赤い線を走らせるが、致命傷には至らない。
 再びキッと睨み上げたキンゴが体勢を持ち直しまた構えに入る。
「うわっ」
 キンゴではない。その後ろ、ヘイダユウだ。
 私が狙ったのはキンゴではなく、その後ろに控えて何かしら罠をしかけようとしていたヘイダユウだった。実行中のプログラムを切り裂かれ、唖然としつつも怒りの表情で立っている。
「私に罠を仕掛けようなどと百年は早いぞ」
 目前のキンゴも目を丸くして構えを一瞬解いてしまっていた。その隙を狙い、私は別なプログラムを実行にかかる。今度はキンゴと同じような日本刀。だが私が使うのは一回り小さい、寸延びの短刀だ。通常は逆手に持ち片腕に沿わせるようにして構えるが、今のように隙だらけの相手ならば特に技も必要ない。無造作にキンゴの懐に飛び込み、太股から胸にかけて切りつけた。
「うわああ!」
 叫び、一瞬破損が走る。だがそれ以上の浸食は起こらない。揺らいだままの身体で、素早く後ろに飛び退いた。
「ゴキブリ並の生命力だな」
「いやあ、そんなに褒めなくても」
 大怪我のまま照れ笑いをする。ネット上では日常茶飯事だが、相手がネットにしか実態のないウィルスだと考えると不気味だ。
 リアルに身体を残しているなら、キャラクターを破壊されようが何度でも再生可能である。従って怪我に対する恐怖などはあまりない。だが彼らはネットに本体を置くウィルスである。消滅、つまり死なのだ。
 何故余裕だ?
「何者なのだ、お前達は」
「不正アカウント使用者に答える義務はありません」
 先ほど私に行動を邪魔されたヘイダユウが憮然とした様子で言った。小型の弓を構えている。
「行くよキンゴ」
「おう!」
 二対一か。多少不利、だが引くにも引けぬ。いつの間にかログアウトに制限が掛けられている。それに今ここで情報を得るチャンスなのだ。
 再びキンゴが中段に構える。ここから基本の切り下ろしが得意技らしい。ヘイダユウの方は弓に二つ矢を番えている。
 先にヘイダユウの矢二つが私に向かって飛んだ。発射口が見えているのだから、かわすのは容易だ。だが私の動きを予測してキンゴが切っ先を向けてきた。逆手に持った短刀で受け流す。
 そのうちに素早い動きでヘイダユウの矢が再び二つ飛んだ。驚いた事に、キンゴの背後から味方の怪我も厭わず討ってきたのである。私の受け流しの動きで横に逸れたために、キンゴは肩を掠めただけですんだのだが。
「おい、ヘイダユウ!」
「それぐらい自分で避けろよ!」
 危うく腹に風穴を開けられるところであったキンゴが抗議の声を上げた。負けじとヘイダユウも声を張り上げる。
 何なんだ、彼らは、武器を持っているだけのただの子どもではないのか?
 ただの子どもがウィルスの筈はない。だが私の頭の内に疑問が生じてしまった。
「邪魔するなよ!」
「それはこっちのセリフだ」
「ヘイダユウはそっちで黙って見てろ!」
「さっき斬りつけられてたのに強がり言ってどうするんだよー。僕に任せればいいんだよ」
 その時、荒野に銃声が響いた。そして後右肩に衝撃。しまった、子ども二人の漫才に呆気にとられていた内に相手に加勢が来たのだ。
 右肩には銃創。めり込んだ衝撃の向きから、発射口を割り出すが、既にその場には人影はない。
「遅いよ!」
 ヘイダユウが味方に不満を漏らすが、その手には再び弓が構えられている。援軍の心強さからか、キンゴも落ち着きを取り戻し切っ先に迷いが消えている。
 また別な方向から衝撃。増えたのは一体、或いはそれ以上? サーチ、駄目だウィルスは検索に引っかからない。
 矢が飛ぶ、切り込まれる、何処からかの銃声。多勢に無勢だ。
 終わりか?
 そう思ったとき、派手な爆発音が周囲に轟いた。
「助太刀に来たぞ! 感謝しろ!」
 声の主はまさかと思ったが、TAMURAだった。

 TAMURAが放った大砲による爆発は荒野全体を揺るがし、周囲を取り囲んでいた何体かの1-ハウィルスをひるませ動きを止めるに充分だった。
 しかし私の怒りを買うにも充分だ。
「貴様はリアルを見張っていろと言ったではないか!」
 そうなのだ、先日の失敗を思い返し、無防備になる現実を警戒しなければならないと判断し、何とかTAMURAを言いくるめたのだ。それなのに、無鉄砲に飛び込んでくる。ログアウト制限もかけられているのだ、つまり逃げ場無しの袋小路。敵は複数で未知数、そんなところに飛び込んでくるなど考え無しもいいところだ。
「危うく消滅するところだったくせに何を言う」金髪を掻き上げてTAMURAは嘲笑う。
 ああ、そんな事を言っている場合ではない。周りは敵だらけ逃亡は試みる事も出来ず、私たちは袋のネズミだ。
 冷静さを取り戻したヘイダユウ、キンゴが再び武器を構えた。先ほどの爆発をまともに食らった筈なのに、彼らは多少のデータを揺らがせるだけでその他支障なく活動している。そのデータの揺らぎも、ちょっと見ている間にゆるゆると修復されてしまった。
 不死身のウィルス、非常に面倒な存在だ。何がその永続性を保っているのか調べなければ勝機は無い。
 何だかんだとTAMURAと言い合いながらも、戦場は再び緊張を取り戻していた。
 彼らか我らか、どちらが先に動くか。お互い睨み合いながら、じりじり時が流れていく。
「ちょっと待った!」
 その時突如割って入った叫び声は、新たに顔を出した少年だった。
 キリリと太く整った眉と、丸い目が幼さを強調しているが、落ち着いた声色と物腰は見た目よりも年齢を上に思わせる。
 1-ハウィルス08ショウザエモンだ。彼は冷静な視線で私たち二人と周囲の1-ハを見回した。
「片方は不正がない」
「えええ?」
 ヘイダユウ、キンゴが目を丸くして私とTAMURAを交互に見た。姿を見せていなかった他のウィルスも顔を出し、驚きの面持ちで私たちを見る。
「不正がない、とはどういう事だ」
「そのまんまです。TAMURAさんの方は問題が無いんです」
 私の問いに、ショウザエモンが答えた。
「偽装アカウントを使っていないのか?」
「いや、それが急いでいたから、何も考えずに飛び込んできた」
 頭を掻きながら照れ笑いをする。呆れた。あれほど危険だと噂される1-ハウィルスと対峙するのに、偽装アカウントも使わず飛び込んでくるとは。
「不正のない方に攻撃する意志はありません」
 ショウザエモンの言葉に、私とTAMURAはお互いに目を見合わせた。
 ウィルスの攻撃条件が不正があるかどうか、などと。そんなのはおかしいではないか。ウィルスそのもの、存在が不正なのだろうに。
 不正に対して攻撃を仕掛けるなど、まるで警備システムの様だ。
「という事は、私も公式のアカウントでログインし直せば攻撃されないのか」
「はあ、そうですね。攻撃する理由が無くなります」
 気の抜けた答えにこちらも気が抜ける。何だったのだ、先ほどまでの大騒動は。いや先ほどまで、でもないか。1-ハに関わる今までの騒ぎは一体。
「ログアウトしてくる」
 私は宣言してから、異常を思い出した。
 ログアウトにエリア単位で制限がなされている。
「ログアウト制限を解いてくれ」
「え、誰がそんな事したんだ?」
 リーダーであるショウザエモンも知らなかったのか、驚いた声で周囲に問うた。するとヘイダユウ、キンゴを含めた他十体が集まってくる。その様子は遊んで貰えた切っ掛けで安心し人間の周りに集まってくる野良猫の集団を彷彿とさせる。
「ヘイダユウ?」
「違うよ」
「サンジロウ?」
「ううん、僕じゃない」
「じゃあ誰だ、イスケ?」
「僕ら以外の誰かじゃないかな」
 ショウザエモンの問いかけに順に答えていた所で、04イスケが注意深く周りを見渡しながら言った。
「囲まれてる」
 そうだ、TATIBANA! あの包囲網だ、荒野全体を覆っているのは、さっき引っかかったばかりのものと全く同じだ。
 ごちゃごちゃやっている内にすっかり忘れていた、TATIBANAもヘイダユウを追跡可能な状態にあったのだ。
「一網打尽にしないと意味がないのだったな。さて覚悟は出来ているか?」
 涼しい声と共に、今度は可視状態でTATIBANAは現れた。
 それはいつかリアルのカフェで見た、あの色白の色男だった。
「おいTAMURA、お前は一番近くの五体だ。それから――」
「判った!」
 私が皆まで言う前に、TAMURAは行動を起こした。石火矢による大爆発を、時差を極力起こさず同時に十数発。恐らくTAMURAの乱入はTATIBANAにとって予想外だったのだろう、その罠は石火矢の爆発に耐えきれるほどの強度ではなかった。
 揺らぐデータの世界を取り囲む網の隙間に向かって、私は一番近くのウィルス六体を鷲掴みにして走り出した。
 TAMURAは別な方向へ残り五体と共に駆けていく。
 撒けるだろうか? 今度は背後を追う者にも注意しつつ、崩れそうなシステムの合間を小さなウィルス達と共に逃げ出した。

「TAMURAさんは捕まったみたいです」
 野を素早く駆ける乗り物を乗りこなし、情報収集を得意とする09ダンゾウがいち早く情報を伝えた。
 だがTAMURAが向かった先は私とは反対方向だ。TAMURAが捕まったとなると、私の方は撒いたと考えて間違いないだろう。
「助かった〜」
 肥満体で丸っこくのんびりとした顔つきの03シンベエがコロコロと地面に転がる。先ほどの反省を生かし、今度は人通りの多い街中の広場に逃げてきた。ここなら突如網を張ったりはた迷惑な行為は、いくら荒唐無稽TATIBANAといえど回避するだろう。
「いつまで不正アカウントを使ってるんですか」
「ヘイダユウ、今はそんな事言ってる場合でもないよ」
 相変わらず言い合いをするヘイダユウとキンゴ、この二体は別々にした方が良かったのかも知れない。今更遅いが。
「それよりどうして僕らを逃がしてくれたんですか」
「キリマルに変わって言うけど、ショウちゃん相変わらず冷静ね」
 ショザエモン、ダンゾウが私の答えを待って目を輝かせた。
 どうして、と言われても。咄嗟に逃げたのだから理由など無い。強いて言えばTATIBANAに負けたくなかったからか?
「TAKIさんは僕らを捕まえようと思わないんですか?」
「思っていたが」
「が?」
 その時ログアウトして難を逃れていたTAMURAが再びログインし私の前へ現れた。
 一人だ。連れていた子ども達の姿がない。焦れったい様子で1-ハはTAMURAの周りに集まっていった。
「イスケ達はどうなりましたか?」
「お前は01ランタロウか。TATIBANAに捕まってしまった」
「やっぱり」
 がっくりと子ども達が肩を落とした。それを見てTAMURAが慌てて付け加える。
「捕まったと思った瞬間皆消えてしまった」
「という事は多分無事ですね」
「それより私たちはお前らに尋ねたい事がある」
「何でしょう」
 全員揃って私たちの前に整列した。つぶらな眸が何となくさっきまでより輝いているような気がする。
「先ほど不正を行っている相手にのみ攻撃すると言っていたな」
「言ったっけ?」
「言ってないような」
「言った気もするような」
「僕が言った」
「それじゃまるで警備システムじゃないか」
 TAMURAが呆れ顔で言った。こんな幼いが意見の警備システムなんて聞いた事がない。それにがやがや騒ぐそのウィルスの、あまりに自然な「子ども」ぶりに、薄ら笑えてしまうのだ。
 そしてその幼子達は、びっくりするような事を口々に答えた。
「一応、僕らは新しい警備システムのベータ版なんですけど」
「でもまだバグが多すぎて」
「攻撃対象の見分けが曖昧だったりとか」
「ちょっとやりすぎて色々吹っ飛ばしたりとか」
「その他色々なんです」
 と、六体の子どもの見た目をした可視プログラム体が、大騒ぎしながら訴えた。
「信じられない」
 私は嘆いた。
「極秘で進められてるプロジェクトなので、誰も知らないんです」
「というか特に隠さずに開発されてたんですけど、ちょっとバグが多すぎてウィルス扱いされはじめちゃって」
 不正を行っていない人間が少なすぎたために、襲われない者の方が少なかったという事だろうか。
 成る程、判らないでもない。が、酷い話だ。
「じゃあ、討伐隊や賞金の話は?」
「それはあまりのバグの多さに業を煮やされて、システム開発者がバグを出しまくってるなんて情けない話をカモフラージュするためにですね……それにそもそも僕らを捕まえる事は出来ないと思うんです」
 力が抜ける。そもそもネット上の熱を持たない人形なのだから力なんぞ元々入っていないが、脳から熱い何かが抜けていくような感覚を覚える。
「捕まえる事が出来ないというのは?」
「僕たちはシステムAIなのでシステムに専用の通路を持っていますし」
 ヘイダユウが言った。私が追跡したあの道の事だろう。
「それに僕たち十一人セットで、一つのプログラムなんです。一人でも残っていれば、破損部はすぐに修正できます」
 茶髪でボサボサ頭、そばかすに眼鏡といった素朴な風体の01ランタロウが言った。成る程、先ほどからの不死身と思える所行もそれで納得がいく。
「それならば固まって行動しない方が良いのではないか?」
「そうなんですけど、どうしても何となく」
「やっぱり集まってしまうっていうか」
 その後も彼らは吃驚するような、力の抜けるような事を次々と教えてくれた。

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