ログインに数秒ラグが発生した。おかしい。回線を確認すると、ノイズが発生している。いやノイズという生やさしい物ではない、これは何かしらソフトウェアが”同時”に進行しようとしている。
私は回線に切れ目を数回入れた。私の情報が耐えられる程度のギリギリの感覚を空けて。すると回避できなかったらしい、怪しいプログラムは残骸を残して破壊された。
誰の仕業だ? 残骸を解析すると、発信源は当然ながら伊作さんの店の他の端末だった。同じ回線を通っていたのだから、それ以外の場所から進入するのは手間が掛かる。という事は、この罠はあの場にいる誰かが仕組んだのか。
さらに解析を続けようと残骸を手に取ると、突如ワイヤー状の可視プログラムが高速で飛来し、残った残骸の全てをさらっていかれてしまった。迂闊。そのワイヤーはあまりに高速で、ログを辿ろうと出所が掴めない。
発信源は、恐らく私がログインした場所と同一だろう。タイミングから考えて、複数で見張っている可能性を除外すれば。複数での行動だとしてもあの店にその仲間がいた事は必須だ。同じ回線を利用していたのだから。
となると、今のは伊作さんか、あの強面か長身か。田村は除外していいだろう。やつはあんな繊細なオブジェクトは作成出来ない。
だが何のために? そして先のプログラムの目的は何だったのだろうか?
あっという間にメモリ上の残骸から全てログが消去され、もうほぼ足はつかない。ログ操作の足跡を辿る方法もあるが、恐らく相手も充分に偽装しての活動だろう。追えない事は無いのだが、酷く時間が掛かる。
「目的は時間稼ぎかもしれないよね」
いつもの如く突然出没したAYABEが私の考えを読んだかのように言った。
「いつから居たのだ」
「ずっと見てたよ。ログインはしてなかったけど」
ログインせずに、ということは公共のモニターを使用していたか、或いは閲覧専用の特殊ブラウザを使っていたかのどちらか。恐らく後者。最早殆ど化石と化した閲覧専用ブラウザ、そちらの方がAYABEの好みだろう。そういう予測も付かないセンスをしているから、バグ付きプログラムと呼ばれるのだ。
「今どこからログインしてる?」
「いちいち聞かずとも……」
「調べる方がめんどくさい。どこ?」
「外の店だ」
「ふん、さっき犯人もそこにいるよ」
「判っている」
AYABEが明らかに呆れた。
「逃げないの?」
「どこに、何故」
「だって敵だよ」
「現実に寝首をかかれると掻かれるでも言いたいのか? 現実の犯罪はリスクが高すぎる。どこの狂人でも実行せんさ。それに田村が残っているからな」
「バカバカしいなあ、リアルを信用してるんだね」
酷い言い様だ。だが言い返す気にもなれなかった。AYABEの姿の方が、よっぽどバカバカしい。
何の冗談のつもりなのか、さらに異常な装飾が増えている。白い四角い飾りの付いたヘアピン、飾りが大きすぎる、質感がありすぎる、どう見ても、豆腐だ。一体何のつもりなのか。
「あのさ、YUKIとTOMOMIから伝言」
「なんだ、私を待っていたのではないのか」
「遅いんだよ。だから敵の罠にも嵌るしさ」
敵、か。こいつは先ほどから敵、敵と言っているが、それは想定の相手なのだろうか。それとも実際に思い当たる相手が?
無意識に言っているのか、それとも私を誘導するつもりか。敵を見定めさせる事で、彼自身の目的へと誘導している。そもそもAYABEが何の報酬も要求せずに、情報を持ってきた時点で怪しいのだが。
「”リアルは任せて下さい”だって」
ほらまた話が別な方向へ向いている。
私の立てた作戦とは違う。あの二人を頼ったのは、もっと別なところにあったのに。
「あ、TAKIの作戦とは違うかも知れないけど、情報あげたらあの二人勝手にそう言って出て行っちゃったから」
じゃあね、と短く残して、AYABEもログアウトした。
どうも万事やつの準備した罠の方へ向けられている気がする。AYABEは何を考えている?
私は先ほどの”敵”の事を思い出した。まずはリアルに戻ろう。ああは言ったが、本当に寝首を掻かれては堪らない。寝首――ログイン中の人間は無防備の局地なのだ。
それから次の行動だ。
リアルは任せて下さい。
あの二人が取る行動は予想が付かないでもない。そしてあの二人が敵に回る事は、AYABEの言動にもよるがまず無いだろう。リアルは確かにあの二人に任せよう。
彼女らがどう動こうと、私の行動が先ならば、最悪の事態は免れる。
次の行動――AYABEが予想外の行動を取るのだから、それに対抗するために私も予想外の行動を取るべきだ。一旦ログアウト、それから、場所を適当に変えて、偽装アカウントで1-ハとの接触。
周囲は田村に警戒してもらえばいい、とそこまで考えて、果たして田村が思い通り動くかと疑問が湧いた。