02 作戦開始

 男子禁制エリア。多少の手間はかかるが、そう進入が難しいところでもない。TAMURAがロックを砲撃で無理矢理破壊しようとしなければ、もっと早く進入出来ただろうが。
 TAMURAはアホの様に手荒な方法を好む。男子禁制エリアへの進入など、アカウントの性別情報を偽装すれば良いだけだろうに。
 そんなわけで、私とTAMURAは女性のキャラクターに扮し、エリアへ堂々と入り口から入っていった。
 ピンクの装飾が目に痛い。
 堂々と入っていったとは言ったが、よく考えると、知り合いが居た場合にすぐに不正がばれてしまう。多少地味に活動する必要があった。
 だが私のこの素晴らしい存在感は、人を引きつけて止まないらしい。
 あっというまに目的の人物と出会う事ができた。
「あ、滝夜叉丸先輩だ」
「うっそお」
 というか、ばれた。
「通報しようか」
「待て待て、何故私がこのような場所にいるのか知りたくはないのか?」
「別に。ねえTOMOMIちゃん」
「そうよね。ガードのラインってどっちだったっけ?」
「待て待て待て!」
 冗談が通じないやつらだ。そもそもTOMOMI、YUKIは確かに私の後輩だが、確かに私を慕っている後輩だが、気が強すぎてあまり一緒に行動したくない相手なのだ。
 だがTAMURAが他の協力者が欲しいと言うものだから。
「TAMURA? 三木ヱ門先輩ですか? 先輩達二人で、またろくでもない事でもたくらんでるんでしょ」
「巻き込もうってんなら他を当たって下さい」
「儲け話だ。しかも確かな筋だぞ」
 TOMOMIとYUKIは顔を見合わせた。二人のこの反応は、TAMURAの信用が足りていないせいだろう。確実にそうだ。
「信用出来るソースなんですか?」
「TOMOMIちゃん、そもそも仕事の内容によるわよ」
「詳細はここでは言えないが、ウィルス退治だ。ソースは、聞いて驚け、<SECHS>のTATIBANA」
「うそ!」
「続きはリアルで、と言いたいところだが。別に聞かれて困る内容でも無いのでな。話に乗るなら、詳細をここで教えよう」
 二人は同時に頷いた。笑い方が悪戯を言いつけられた天宇受売命の様。
「仕事を受ける代わりと言っては何なんだけど」TOMOMIが言った。「TATIBANA本人の情報、教えてくれない?」
「何故だ?」
「何でもいいでしょ! 女の子は複雑なのよ」
 何だそれは。全くよく判らない、この女という生き物は。
「TATIBANAならAYABEが知っているらしい」
「誰、AYABE?」
「情報、それだけ?」
「それだけだ」
「AYABEってのは紹介してくれる?」
「作戦に必要ならな。それより、仕事の話をさせてくれないか」
「ふうん。三木ヱ門先輩、焦ってるの?」
「敵が多いのだ。そのせいでTAKIと組む羽目になったのだが」
「羽目とは何だ。私だって単独で行動できるならそうしたいさ!」
「はいはい。で、仕事ね」
 YUKIが冷静に止めに入ったが、冗談じゃない、TAMURAにああ言われて引けるものか。
「ちょっとまて、まずここでTAMURAとの決着を付けねばならん!」
「望むところだ!」
 罵詈雑言のやり取りがログを高速で流れていく。言い合いをしながらも、ある位置で感情を冷静に保ち、仕掛ける時期を見計らう。
 実際の行動に移したのは、TAMURAが先だった。
 懐から小型の石火矢を取り出す。これは相手のデータに直接破損を引き起こさせる、つまり正しく石火矢なるものだ。
 仮想空間に、嫌な音が響き渡る。小型で緊急用のプログラムのため、爆撃音等のエフェクトも無く、ただ純粋にデータを吹っ飛ばしたのだ。そのノイズが背景を揺るがす。距離が近かった為、私のキャラクターの右半分が軽く吹っ飛んだ。
 何者かがガードに通報したとの警告音が鳴った。目の前のYUKIでもTOMOMIでもない。少々派手に立ち回りすぎたらしい。ログを操作しておくべきだった。だが悔いても仕方がない。後悔ほど役に立たぬものは無いのだ。私は吹っ飛んだ右半分のリペアを実行しながら、ライン切断プログラムを起動した。
「ちょっと、ここで騒ぎを起こさないで下さいよ!」
 YUKIが間に入ってくる。間が悪い。私の起動したプログラムは弧を描いて飛ぶ輪状のナイフで、YUKIを切り裂いた後、TAMURAへ向かって飛んでいく。しかし間に邪魔が入ったが為に、わたしの狙いは大幅にそれた。
 TAMURAを狙ったはずの円はわずかに左に逸れていき、彼が実行を始めていたプログラムに吸い込まれていく。巨大な大砲、TAMURAが付けた名前が<重量無差別砲撃まさこ>。
 破損したデータです。ロードに不正が起こりました。強制終了します。
 無情な一連のエラーメッセージが空に浮かんだ。
「まさこ、強制実行だ!」
 TAMURAが叫んだ。バカ者!
 不正起動されたプログラムが大幅なノイズを発生させる。ついでに吸い込まれた私のナイフは、強制的に削除されてしまっていた。
 そのまま削除プログラムが無制御に排出されてくる。あらゆるパターンに対応した、無差別級デリート派だ。
 暗転。強制ログアウト。

「何をしているのかな?」
 ログアウトするかしないかという瞬間、私は突然リアルに戻された。頭を覆う端末が何者かによって強制的に外されている。ピンクのイルミネーションから、白く不健康な蛍光灯の光へ世界が移り変わる。眩しかった。ネットで見ていた光は、端末によってそう<認識>させられていたもので、実際に目に光が入っていたわけではない。本当の目は情報だけを吸い込んで、昼間の猫の様に瞳孔を閉じていた。
 それはそうと、私と田村は冷や汗を出して焦っていた。
 目の前に、端末のコードを引きちぎった、この部屋のマスター。
「僕の所で不正を行うなんて、良い度胸してるよね」
 それは田村が全部悪いんです。
 だが目の前の人物に対し、口答えも憚られた。マスター、善法寺伊作さん、は私たちの座っていた端末のコードを素手で引きちぎり、パチパチと音を立て雷光を放つそれを、くるくると振り回している。
「今までの行動も色々問題があったけど」ため息。「今回は本当にやばいよ。判ってるのかな? アカウントの書き換えに偽造、男子禁制エリアに不正進入、犯罪の相談で、不正プログラムの使用、最終的にサーバーのデータ飛ばすし。ざっと数えただけで、法律に二桁は触れてるじゃないか。それに警察にも見つかったね? 僕の店を犯罪者が使ってましたって、笑えない冗談だよ」
「はい……」
 返す言葉もない。いや、田村がほぼ全部悪いのだが、それを止められなかった私にも問題があったのだ。……やはり、一人で動いた方がいい気がする。
「反省してるならいいんだけどさ。もう派手にやらかさないって誓ってくれる? あと僕の所使うときはログ消して。それから、滝の方でいいや。ちょっと奥行って文次郎と長次を呼んできてくれない?」
「誰ですって?」
「潮江文次郎と中在家長次。古い友人が来てるんだ。これ、直すの手伝って貰わないと」
 そう行って伊作さんは壊れた端末を指さした。付属のモニターは微かに息があり、エラーメッセージを強烈な勢いで流している。
「田村は残って、ログと君の発生させたバグを残らず跡形もなく削除して」
 目が恐い。
「おい、滝夜叉丸、貴様の所為だぞ」
「何を言うか。田村の後先を考えない行動が全ての災いだ」
「さっさと始める!」
 店の入ったビルが揺れたかと思う。それぐらいの活が入った。今偶然にも、他の客がいなかったのが幸いだっただろうか。こんなに起こっている伊作さんを見たのは初めてだった。その気迫に呑まれ、私たちは覇気のない返事を返した。

 伊作さんの店というのは、いわゆる古くから存在するネットカフェというやつなのだが、セキュリティーの高さとサポートの強さから、ハッキングや場合によってはクラッキングを行う場合に使用する事が多い。
 私は自宅でプログラムを作成する場合以外は、もっぱらここを使っていた。
 自宅でログインすると足が着く。つまり自分の所在地を不特定多数に公開する事になるのだ。情報が売れる時代、隠せるものは何でも隠し通さないと、どんな犯罪に巻き込まれるか判らない。その点この店を使えば、セキュリティーが高いため、ちょっとやそっとじゃ所在地がバレない。むろん警察や政府には公開されるのだが、それでも自宅は知られずにすむという寸法だ。
 だが、今日の事態は大変にまずい。詳細はさっき伊作さんが仰った通りだ。
 これまで何度かこれに準ずる事態に陥った事はあるが、その度ここのセキュリティーとサポートに助けられていた。
 しかし今日はそのセキュリティー、サポートを指揮する伊作さんがマジ切れである。この事態は、まずい。
 私は速急に店の奥へ向かった。田村も大慌てでコントロールからログとシステムを操作し始めた。

 店の奥に入るのは初めてだった。普段客として来ているので当然だろう。奥はさらにあらゆる機械と端末が転がる混沌とした部屋になっていて、さらにその横に多くの書類(今この時代に紙は非常に珍しい)が収納されている本棚がズラリと並べられている。その棚と機械の間に、申し訳なさそうに普通の生活空間があった。
 キッチン、冷蔵庫、レンジ、洗濯機、テーブル、椅子。反対側に、洗濯機、洗濯物。よく見ると機械に埋もれてテレビ、オーディオ。成る程ここに伊作さんは住んでいるのだろう。その生活臭の中に、至極当然の自然さをまとって、二人の青年がテーブルで茶を飲んでいた。多分あれが潮江文次郎と中在家長次なのだろう。
 一人背の高い方が、私を見、何かしら呟いた。全然聞こえない。それから人相の悪い方が、凶悪な笑みを私に向けた。
「派手にやらかしたな。面白いヤツだ」
 あ、見覚えがある。どこでかは、事態が緊急を要していて思い出す暇もなかった。
「伊作さんが呼んでます」
「あんだけでかい声で言ってりゃ聞こえてる。行くぞ、長次」
 やっぱり長身の方が何か言った。聞こえなかった。

 私も端末の前に戻った。「ちゃんと責任を取れ」との申し立てが伊作さんから出たので、田村と並んでソフト的な修理に回る事にした。
 私と田村が扱っているのは、古いタイプのキーボードだ。通常の操作は目から情報を取り込むヴァーチャルリアリティを利用するのだが、こういった不測の事態では細かい作業が可能な、外部入力の方が有効だ。そもそも機械語はゼロとイチで構成されるのだから、最も単純に操作したければ、オンとオフのスイッチが存在するだけでも構わないのだ。
 だがその方法では時間が掛かるので、もう少し高級言語となるアセンブリを使う事にする。人間に理解しやすい程高級と呼ばれるのだ。
 横に座る田村のディスプレイを覘くと、やつは自分で大穴を開けた街の修繕を音便に行おうとしていた。こういうのは管理者に任せる事も出来るが、それだと政府管轄となり仕事に時間が掛かる上、私たちの足が付く可能性がある。田村はそれを恐れ、何所よりも早く修繕し、何事もなかった事にしようというのだ。私も同じ警戒を持ち、取り合えずは私たちが活動したという証拠――あらゆる種類のログを削除・偽装することにした。
 伊作さんが破壊した端末は、かの文次郎、長次という二人組によって着々と修理されていっている。時折二人あるいはもしかしたら三人の言い争う声が聞こえるのが不安と言えば不安だが、今は目前のディスプレイに集中すべき時だろう。
 そう思いながらも、私はこっそり自分のメールボックスを画面端に開いていた。勿論ぱっと見ただけでは判らないように偽装してある。
 今は仕事の途中だし、それにネットとの連絡が取れなくなるのは、消滅に近い感覚なのだ。それは時代病とでも言うべきだろうか。
 暫く作業をしていると、ボックスに一通手紙が届いた。

 自業自得。
 From YUKI.

 本文にはそれだけしか書いていなかった。だがいつものYUKIなら削除しているはずの、送信元情報がしっかり残っている。発信源とアカウント情報。つまりこれを削除するのはハッカーでの常識で、クラッカーの襲撃や非合法の行動の際に足が着かないようにするための対策だ。
 だがおかしな事にYUKIはこれを残している。
 所が発信源はアカウント情報共に文字化けしていた。アセンブリの実行環境が邪魔をしたのかと思い、メールの純データを開くと、発信源とアカウントが記されるべき場所に、

 詳しい話はもう聞いたから、早く東市町に来て下さい。

 と記されていた。簡単な偽装だ。
 だがしかし。今の状況ではネットに向かう事は出来ない。何せ後ろに伊作さんの監視である。畏れ多くて作業の手は離せない。
「行ってこい」
「うわっ」
 突然ほぼ耳もとで、囁く声が聞こえた。思わず飛び上がり振り向くと、先ほど会った中在家長次という人物が真後ろに立っていた。
 無言で壊れていない端末を指さす。
「作業終わったの?」
 伊作さんから声がかかった。それに長次さんが何か呟いて返す。全く聞こえないのは、わざとなのだろうか?
 難しい顔をした田村がディスプレイから顔を上げた。
「残りはログの操作だけです」疲労困憊といった様子だった。
「そう、じゃあ滝夜叉丸はいいや。あ、でも滝夜叉丸の方が細かい事は得意なんだっけ」
「そんな事はありません!」突然田村が憤った。画面を長時間眺めていた所為か、目が血走っている。「どんな分野だろうと、このぼくが滝夜叉丸に負けてなど……」
「砲撃しか脳が無い癖に、なにを言うか!」
 私は思わず挑発に乗ってしまった。明らかに私の方が優れているのにもかかわらず、田村が大見得を切るなど愚の骨頂。
「あのね……」伊作さんがため息をついた。
「呼び出されたのはこいつの方だろ?」
 凶悪な方が言う。力のある物言いに、田村と私の勢いは削がれた。
 私と田村はお互い顔を見合わせて、それから伊作さんが微妙な笑い方をしているのを二人して確認した。恐ろしい。
 田村はキーボードの前に戻る。私は別な端末に接続した。
 視界が奪われる。その暗転する一瞬、
「面白くなってきてんな」
 笑いながら言う声が聞こえた。

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