輪廻曝獣 004

「寒くない?」
「むしろ涼しくてちょうどいい」
 落ちた川を少しばかり流され、きり丸と友海は河岸に打ち上げられていた。背の高い葦が茂る中に二人は座り込んでいるが、その葦が作る靄のような闇を透かして、空の赤が不気味に二人を見つめている。
「ねえ、ここってどこだろう?」
「この川、いつも電車から見えてるやつだよな」
「でもいつもと違う気がする」
 向かい合って座るきり丸と友海は、お互い息がかかるほど顔を近づけて話している。電車の中で握った手もそのままだ。そうしていないと、不安なのだ。自分が知っている世界から、切りはなされてしまいそうで。
 二人の横を流れる川は、空の赤を映して濁った血の色になっている。
「いつもの夜なら、空は赤くない……」
「電車はちゃんと駅で止まるし、車掌さんも突然消えたりしないはずだよな。……なあ、悪い夢、かな?」
「手の平から雷を出す二人組も、夢の登場人物」
「この濡れてる服も、夢かな」
 二人は向き合いながらも視線を逸らし、濡れた服に体温を奪われて僅かに震えた。
 そして不意にお互いに見つめ合う。
 懐かしいほど見慣れた、黒い虹彩。
「リアルだ」
「だよね」
 二人とも、泣きそうな、笑い出しそうな歪な表情で呟いた。
「あっ」
「どうした?」
「今、見えちゃった」
 友海が繋いだ手に力を込める。すると、きり丸の意識にも、見えるはずのない映像が流れ込んできた。
「友海ちゃん、もしかして」
「わかんないよ。でも、見える、これって私の見えないはずの場所の映像」
「オレにも見えるよ。手の繋いだところから流れ込んでくるみたい」
「えっ!」
 きり丸と手を握り合っていたことに今気がついたように、友海は慌てて手を振り払った。
「見えなくなった」
「私にはまだ見える」
「触った相手にも見えるようになるんじゃないか?」
「うん……何だか、そんな気がする」
「なあ、何が見える?」
「さっきの奴ら」
 友海は唇を噛んで、脳に直接浮かぶその風景に集中した。
「声も聞こえる」
「何て?」
「追っかけてくるって」
「ホントに!? まずい、逃げないと!」
「うん! あ、でも私、この力であいつ等がどこに居るのか判るから」
「そっか、じゃ、逃げるの簡単じゃん!」
 きり丸が安堵のために笑って、勢いよく友海の手を握った。途端に流れ込んでくる、遠くの映像。
「あ」
「きり丸? どうしたの?」
「オレ、今、閃いた」
 きり丸の脳は廻転する。
「奴らがこれからどう動くのか、予測できる」
「え? それって、きり丸の」
 能力だ。この赤い夜空の元に与えられた、人知を越えた不可解な能力。きり丸には、自らが得た情報全てを異常な速度で演算し、その先を予測する力が備わっていた。
「逃げ回ってもどうしようもない。仲間がいるらしいし、何よりこの状況がどうやったら解決するのかまだ判らない」
「それじゃあ」
「先回りしよう。殺される前に」
 さて、このようにして子供たちは異常に飲まれていく。

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