少女試作機 001

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01 定番系プロトタイプ

 この件について書くべきかどうか、散々迷った。非常にプライベートな内容で、後世に残す予定のこの記録群の中に、果たしてこの内容が必要かどうか。
 後の世の人が読んでどう思うだろう。実に馬鹿馬鹿しいとか、どうでもいいとか、そう思われるに違いない。記録としての価値があまりないように思える。
 しかし、……いや、どうだろう。記録は、この大事件の発端からずっと、私の見聞きしたこと、感じたことを事細かに記してきた。それこそ記録としての価値が無いであろう些細なことまで。プライベートなことも、多分に書いてきた。
 もはや、今更であろうか。
 どうせこの記録は私のためのものだ。私以外の者が読むことまで気を配って、書く必要など無いではないか。
 それに、今書かずとも、いつか彼女について話をしたくなる時が来るだろう。ならばしっかりと記憶に残っている今のうちに、記録に残しておくべきだ。
 私は彼女について書かざるを得ない。出会ってしまったんだ。

 純愛ブームだそうだ。馬鹿馬鹿しい。
 厳しい現実では中々理想の恋愛などできない。従ってネット上で、綺麗な純愛を楽しもうという趣向である。
 綺麗な恋愛を可能にするために、真っ新な状態の恋愛用AIだとか、それと組み合わせて使用する体験型ストーリーのパック販売とか、そういった物がネット上で飛ぶように売れているとか。
 再度言おう。実に馬鹿馬鹿しい。
 どうせ恋愛という狭い用途しかないAIは、1-ハやタカ丸さんなどのような高度な存在には到底及びもしないお粗末な出来であろうし、「純愛」とやらをテーマにした体験型ストーリーは最後にそのAIが死んで終わりだろう。実際に体験してみずとも、噂を聞いただけで大方の予測が付く。
 そんな商品を購入するバカモノがこの広い世界に大勢居るのが驚きだ。
 現実から逃避したいのであろうか?
 と、いうような話をYUKI、TOMOMIとしていた。ネット上のショッピングモール。赤やらピンクやらの如何にも可愛く取り繕いたいと言いたげな服が陳列された店に居る。
 何故私がそんな場所に居るのかというと、これは先日の1-ハ事件の時の借りを返すためである。結局あの事件で一文の報酬も得られなかったのだが、彼女らに対する支払いは金ではなくTATIBANA、立花仙蔵の情報で成立したはずであった。
 成立したものとばかり、思っていた。
 私は立花について得に何の情報も持っていないので、その辺はAYABEに任せていたのだが、実はAYABEのヤツ約束のことなどすっかり忘れ、毎日フラフラしていたらしい。あいつのフラフラといったら尋常じゃない。一度見失うと何所に消えたか、付き合いの慣れた私でも捕捉が難しい。ましてYUKIやTOMOMIでは無理があろう。
 そういうわけで、実は報酬を受け取れなかったらしい。その代わりとして服数着分の金と荷物運びを要求されたのである。
「待って。TOMOMIちゃん、そっちの青の方が似合うわ」
「でも青って組み合わせ難しくない?」
「無難な色ばっかり選んでちゃだめ。たまにはチャレンジしないと」
「うーん、そうねえ。じゃ、こっちにしちゃお」
「こんなに服ばっかり買ってどうしようと言うのだ」
「そりゃ、着るのよ。女の子にとってファッションは命より大事なの、ね、TOMOMIちゃん」
「命よりってのは言い過ぎだけど、男より女の方が服のバリエーションが必要なのは確かだわ」
「私は遠回しにそろそろ切り上げようと提案したつもりだったのだが」
「まだダーメ。だって、まだそっちの提示した金額越えてないでしょ?」
「うむむ」
 TOMOMIの言うとおり、私の抱える大量の服全ての合計金額は、私が報酬として提示した金額にまだほど遠い。大量に陳列されている中から目敏く安い品を見つけるのだ。凄まじい技能である。
「で、さっき言った恋愛用のAIなんだけどね」YUKIが話題を戻した。「聞いた話だと、稼働期限が設定されてて、みんなすっごい短命らしいの」
「えー。ザンコクすぎない?」
「でしょ? ま、普通に考えればAIはAIなんだから、人間と同じように考える方が少数派なんでしょうけど」
「しかし、1-ハ等々の例を知っていると……」
「ね。嫌な流行よねぇ……」
 うむうむ、と頷き、ふと顔を上げると、店の外の噴水の前で、男女が何やら言い争いをしているのが見えた。

 さて公衆の面前でけたたましく言い争う恥ずかしい男女二人。女性二人の買い物の相手にも飽きがきた私は、街路に開いた店内のガラス壁に野次馬気味に近寄って、顔を拝もうとさりげなく覗き込む。通りすぎる人々も私と同じく興味津々、立ち止まって囃し立てるものもいて、いよいよいっそう、みっともない。
 野次馬の私は野次馬に遮られ、もどかしく男女の影を眼球で追う。ああ、どけ、そこの老人。あの女性、背伸びをするんじゃない。学生らしき青年三人はそんなにゆっくり歩かず、早く通りすぎるべきだ。などと見知らぬ人々に頭の中で悪態をつきつつの暇潰し。視界に頼らずとも、データそのものにアクセスし、対象を解析すれば早いのだが、そこまで気になるわけではない。
 それに――目で見たいと思ったのだ。我がアナログ主義の脳細胞が。
 断片的な視覚聴覚の情報が頭の中で積み上げられる。二人は若い。私と同じかそれよりも。少年少女と言い切っていいであろう姿と、喧しい声は記憶にある――少年の方だ。アホらしい事実に私はがっくりと肩を落とした。その片割れはAYABEだったのだ。
 ああ、恥ずかしい。

「あ、あれ」
 TOMOMIが、ついにAYABEに気がついた。両手一杯に服をかかえたまま、窓の外、人混みを指差す。女と街中で派手に喧嘩している痴態を知り合いに見つかるなんて、なんとまあ恥ずかしくて気の毒に。などと思いつつ、同時にTOMOMIの両手からこぼれ落ちそうな商品の心配も同時に行う。まだ購入前だ。量と相まってかなり不安である。
「ちょっとYUKIちゃん、TAKI、見てよ」
「えー?」レジ前の列に並んでいたユキが振り替えって、吹き出した。「なに、あれ。AYABEじゃん」
「ケンカ?」
「痴話喧嘩?」
 まあ、そう思うよな。
「ねえTAKI、相手の子だれ?」と、TOMOMI。
「知らん。初めて見る顔だ」
「友達の彼女の顔も知らないの?」
 YUKIに何故か揶揄されるように言われる。何故だ?
「知らん。友だと言っても、そんなに立ち入った話をするほどの親しさではない。……その、なんだ、恋愛、みたいな話は……」
「別にそこまで立ち入った話でもなくない? 付き合ってる相手の話とか……」
「免疫ないのね」
 TOMOMIが同情するように言うのは、一体どのような意味があるのか。
「あ」
 などと私たちが下らない会話を時間というリソースを無駄に消費しつつ行っている最中、なにやら鼓膜をしなやかに打ち付けるような音が高らかに響いたのである。
 そしてついでに、AYABEと目があった。
 まあなんだ、相手の少女にパアンと平手打ちを食らわされ、その軌道で頭がくるっとこちらを向いたのだ。想像してみろ、間抜けだ。
 やつは、その瞬間に起こった事柄に多きな驚きを隠せず、目を見開いており、そのまま一、二秒私と見つめあったのち、怒りを思い出したかのように、急に私を睨み付けた。
 知らぬふり。
「あー、こっち気づいてた」
「でも私たち偶然居合わせただけだから、仕方ないよねYUKIちゃん」
 と、少女たちは言うが。
「悪い、急用だ」
 一応、私はAYABEに声をかけておかねばならないような。
「そんな言い訳ないでしょ」
 適当に言った言葉にTOMOMIからの冷静な突っ込みと、
「支払いどうするの?」
 もっと冷静なYUKIの声を店内に置き去りに、私は慌てて店を出た。
「財布置いてってよ」
 さらにYUKIから追い討ちをかけられ、私は思わず電子マネーのカードを彼女に素早く投げて渡した。あまり残額はなかったとは言え、これは多きな間違いだったかもしれない。

 急ぎ、店から飛び出した私の方に、AYABEは野次馬を掻き分けながら大股で駆け寄ってきた。――いや、違うか。
 喧嘩を売りに来たのだ。負け戦の憂さ晴らしに。
「誰に許可取って見てたんだ」
 なんだ、こいつ。いつからチンピラみたいなこと言うようになったんだ。
「偶然居合わせただけだ。偶然に許可がいるのか」
 AYABEは私の問いかけに答えず、怒り冷めやらぬといった感じに、周囲の野次馬をぐるりと見回した。睨みをきかせながら。
「ふん」
 野次馬どもは私を含めみな気まずい面持ちとなり、じわじわとその輪を崩し始めた。
「恥ずかしい奴め」
「TAKIには関係ない」
 と言い残し、奴はばつのわるいのを隠すように、俯いてまたどこかに大股で消えていった。
 次に会ったら事情と言い分を聞いてやろう。それが優しさだ。
 友人に対する細やかな心遣い、なんと私は美しいのだろう。そもそも私が出てきたタイミングも完璧だった。奴がこれ以上恥をかかないように、引き際を与える絶好の……。
「ちょっと」
 自らの行動を真摯に反省している最中、声をかけられた。私はなにかにつけ己の行動を反省するが、それは明日への前進の前向きで直向きな努力であると言っても当然過言ではない。
「あのさ、さっきの人の知り合い? 友達?」
「ん? ん、まあ」
 そろそろ未来を見据えよう。と、私は振り返って返事をすることにした。考え事の最中に話しかけられたため、些か間抜けな返事をしてしまった。挽回しなくては。
 私に声を掛けてきたのは、先程AYABEとやりあっていた少女だった。私より少し年下だろうか。大きめのつり目と太めの眉が印象的で、高い位置で結われたポニーテールと相まって、非常に健康的であるように見える。
 そんな彼女の容貌を間近で認識して、私は一瞬のうちに、当初考えていた事態とは違うようだ、と考えを改めた。つまり痴話喧嘩ではなかったようだ、と。
 何となくだが、あの不健康というか不自然な見た目のAYABEと、こういった健康的な少女が街中で痴話喧嘩をする、というのがあまり考えられなくなったのだ。
「友達なら言ってやってよ。人の周りを犬みたいに嗅ぎ回るのはやめなさいって」
「嗅ぎ回る?」
 私は再度彼女の容貌を確認した。先程となんら変わりなかった。
 この、年下らしき、ごく当たり前に健康そうな、少女の身辺をAYABEが嗅ぎ回る?
 そんなわけは――ありそうだ。なにしろAYABEだ。奴がどんな突飛な行動に出たって、私は納得できる。なにしろ、奴は綾部喜八郎だからな。

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