盗人騒動 二

 残念ながら、六年の立花仙蔵は不在だった。
「どちらへお出になったんですか?」
「学園長の使いで、街だとよ。大した用事じゃ無さそうだったから、もう直ぐ帰ってくるだろ」
 同室の、潮江文次郎が答えた。六年長屋まで来て、肩すかしである。
「何の用事なんだ?」
 問い返したのは、同じく六年の食満留三郎だ。何故か、仙蔵と文次郎の部屋に居る。
「立花先輩が、以前話していた器具について質問したいんです」
 喜八郎が当たり障り無く、しかし偽りの無い内容で答えた。
「器具? おれじゃ答えられそうに無いか」
「忍具じゃないので、ご存じないかもしれません」
「ほぉ。甘く見られたな」
「止せ文次郎。仙蔵も直ぐに戻るだろうし、何ならここで待つか?」
「ここはおれの部屋だぞ。何で貴様が勝手な事を言う」
「良いじゃないか別に」
 この二人は、仲が悪い。何かというと言い争い、殴り合いだ。それが何の理由あって一所に集まっているのか判らないが、面倒な所に来てしまったというのが一同総意だった。しかも収穫は無いときた。
「止めときゃ良かったな」
 ぼそぼそと八左ヱ門が呟いた。
「誰だ、言い出したのは」
 三郎が当て擦りを言う。
「僕です。すみません」
「乗ったのは、僕らだからね。三郎は自分を棚に上げない」
「そういえば」文次郎が出し抜けに、話の矛先を向けた。「学園に侵入者が出たという話は聞いたか?」
 兵助らには、初耳だ。素直に首を振った。
「今し方、先生方に追跡を頼まれた。どうせ大した連中じゃない」
「なんだそれ、おれも聞いていないぞ。盗人の話なら聞いたが」
「話に割り込むな! そう、その盗人の話だ」
 盗人、と来て、思い当たる節がある五人はぎょっとした。顔に出さないが、逃げるべきか惚けるべきか、そもそも自分達の話なのかと、音もなく目線だけで議論する。
「目撃証言に寄るとだな、その盗人ってのは、やけに髷の長い男らしい」
「痛っ」
 兵助が小さく悲鳴を上げた。後ろで、喜八郎が兵助の茶筅髷の先を引っ張っていた。髷は腰の下まであり、相当な長さだ。
 文次郎と留三郎がじろり、と兵助を睨んだ。
「この野郎、地味に目立つ頭しやがって」
 と、三郎。もちろん聴こえるか聞こえないか程度の小声で、口も殆ど動かさない喋り方だ。
「取り合えず、逃げよっか」
「雷蔵に賛成」
 じりじり、五人が後じさる。
「所で、鉢屋の袖に入ってるのは何だ?」
 あの玻璃の筒だ。剥き出しで持ち歩いては都合が悪いので、忍装束の袖に入れて隠していた。隠すにはやや大きすぎるのだが、三郎は腕を組んだりして何とか不自然に見えないように装っていたつもりだった。
 まさか、見破られようとは思わなかった。
「なんだか知らないが、とにかく盗人が侵入しているという事だから、お前らも気をつけろよ」
 惚けて、留三郎が言った。
「え、そうなんだ」
 丁度その時、兵助らの背後に善法寺伊作が現れた。逃げ道の廊下を塞がれた形になる。五人の内、誰かが舌打ちした。
「全然知らなかったよ。こんな昼間っから、敵さんも、度胸があるねぇ。それで、何か盗まれたのかい?」
 既に五人は走り出す準備がある。だが、留三郎と文次郎は言葉に詰まったように、黙り込んだ。
 答えられない、のだ。
「ん、どうした?」
「間の悪いところに来るな、お前は」
 文次郎がため息と共に言った。
「呼んだのは、文次郎達じゃないか」
「良いところだったのに」
 留三郎も落胆の声を漏らした。
「どういうことだよ」
「つまり、盗賊なんぞ出てない。盗まれたものも知らん。そういう事だ」
「はぁ?」
 兵助らが揃って間抜けな声を出した。
「お前等の様子がおかしいから、からかってみただけだ。本当に、何か盗んできたのか?」
 何だ、と肩の力が全部脱けた。今のやりとりだけで、どっと疲れてしまった。
「やっぱり、止めときゃ良かったな」
 等と、やはり小声で言い合った。
「で、結局仙蔵を待つんだろ? ここで待ってりゃ、一番楽だろう」
 また留三郎がさっきと同じ事を言った。今度は文次郎の茶々が入らない。確かに仙蔵はこの部屋に帰ってくるだろうが、今この顔ぶれで一部屋に集まっているのが、到底楽な筈がない。第一、七人も八人もが詰められるような広さは無い。
「なら僕らが場所変えようか。保健室行こう。それが、僕にとって一番楽だ」
 伊作が言うと、文次郎と留三郎が露骨に嫌な顔をした。
「時間が勿体ない」
「あそこは賑やかすぎるんだよ。委員会の時間までに手当が終わるかどうか」
「何だよ、我が儘言うなよ。大した怪我じゃないって言っても、治療にはそれなりの道具と薬が必要なんだぞ。それを一々運んできた僕の身になってみろ。足りないものがあったら、取りに戻らなきゃいけないし」
「いや、先輩方が移動しなくても」
 八左ヱ門が声を掛けるが、伊作は聞く耳持たない。
「大体なあ、自分達で喧嘩して怪我してる癖に、態度がでかすぎる」
 くどくど、同学年の二人に小言を言い募る。何時も迷惑をしているのだ、と日頃の鬱憤だろうか。
「聞いちゃいないな」兵助は呆れ顔だ。
「そうみたいですね」
「ほら、行くぞ!」
「いてて、髷を引っ張るな」
「怪我に響くから止めてくれ!」
 伊作が、文次郎と留三郎の髷を引っ掴んで、引きずり出そうとしている。
「僕らお暇しますね」
 と、取り合えず雷蔵が声を掛けて、五人は足早に長屋を去った。

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