ラビリンス・ヒーロー 016

 要するに、システムをハッキングするとゲーム内中立の住人――ワイヤードゴースト――が、攻撃モードに切り替わるようになっていたのだ。不正防止、或いは私たちへの罠か。
 敵はTAMURAの例と同じく、銃を標準装備しているらしい。廃墟の街中に銃弾が飛び交う。
 前から後ろから、右から左から、全方位から雨霰。移動する敵を想定していないのか、あまり命中精度は高くないらしい。ショーウィンドウの熱で黒く焼け焦げた窓ガラスが、私たちの背後で粉々に砕けた。
「キンゴ、破片により右足に負傷! TAKI、銃弾切れ! AYABE、背中に被弾!」
 孫兵がオペレーター宜しく、状況を素早く読み上げる。
「カステラちょうだい」銃で応戦しながらAYABEが言った。
「それには及ばん」
 こんなゲーム、ただの茶番だ。
「AYABEの回復間に合いません! 一旦リタイヤすることを提案します」
「いいや、もっと簡単な方法がある」
 早々に弾切れしてしまった私は、操作ウィンドウを開いてある行動に出ていた。
 一度罠に掛かってしまったのだから、これ以上悪くなりようがない。そもそも正攻法で戦ってやる必要など全くないのだ。
 ウィンドウに表示される情報を解析、解析。ワイヤードゴーストの群れをかいくぐり、走りながらも私は頭の中では数字と戦う。
「右に曲がって下さい! その先、敵二体のみ!」
「二体だけなら僕が!」
 埃っぽい大通りを、血まみれのグラフィックの五人組が走り抜ける。
 巨大なチャペル風の建物の横を曲がり、TAMURAの銃口が二度高らかに唸りを上げた。
 地図上から二つの赤い点が消える。追ってくる敵も、かなり引き離した。
「これなら」
 我々が勝利を確信した時だ。
「あ!」
 と、孫兵が言うが早いか、辺りの風景が、変わった。
 耳劈くような銃声の連続!
 これは、風景が変わったのではない。
「距離を無視した移動も可能なのか!?」
 全ての敵が我らの周囲に突如集まったのだ。人の群れ、銃口の群れ、それまでの景色に介入した色が多すぎて、風景が切り替わったように見えたのだ。
 そして全ての銃口からの攻撃。
 絶体絶命? 悠長に解説している状況ではない?
 そうお思いだろう。だが、私は飛び抜けた天才であった。
「あれ? 銃弾が」
 AYABEがそれに気がついて素っ頓狂な声を上げた。
 そう、全ての銃弾が、私たちに命中する前に、空中のある点で止まってぽとりと地面に落ちているのだ。
「ゲームシステムを書き直して、私たちの回りに壁を作ったのだよ。この天才ハッカーTAKI様にかかれば、接点の操作など造作ないことだ」
 ついでに言うとAYABEの減っていた体力値も回復させておいたのだが、多分気付いてはいないな。
「すごい! つまり、無敵ってことですか」
 孫兵が手放しで褒める。全く悪い気はしないというか当然の事であるのでもっと言え。
 ……などと考えている場合ではない。
「現時点では、な。制作者がプログラムを書き直してくる可能性も充分にある。相手はこのプログラムの全貌を予め知っているのだから、恐らく書き直しの速度は私よりも早い」
「書き直し合戦になったら負けってこと」
「簡単には負けん。というか絶対に負けん」
 そうこう言っている間に、銃声が止んだ。と、同時に群れの中から数人が刀剣片手に飛び出した。
 来たぞ。
「貴様らが<観測者>か。おや、<制作者>の作兵衛もいるな」
 飛び出してきた三人が、僅かに動揺する。その隙をついてTAMURAが弾丸を撃ち込めた。ダメージを負い、二人は動きが止まる。
 だが作兵衛は直ぐに何かの操作をしたのか、負傷をあっと言う間に回復して更に斬りかかってきた。狙いは、私か。
 しかし刃が私に中るよりも先に、跳ねるように飛び上がったキンゴが、作兵衛の脳天に強烈な一撃を打ち下ろした。
「峰打ちです」
 しかしダメージは大きい。そして回復の動作よりも先に、キンゴが次の一撃を食らわすだろう。
「そちらのやり方で戦うつもりは無いのだよ」
 だから私は負けないのだ。

「あ! お前、あの時のカスタマーサポートのインターフェースじゃないか!」
 TAMURAが蹲っている二人の片方を指差し、驚きの声を上げた。
「サポートも管理者の仕事か? 多忙な中、こんな馬鹿げたゲームまで作り上げて、ご苦労なことだ」
「大きなお世話だよ」
 敵意を剥き出しに、作兵衛が吐き捨てた。蹲った彼の喉元にはキンゴの刀が当てられている。身動き、不可能。
 だが相手はシステムAIだ。思いも寄らぬ特殊権限が与えられているかも知らぬ。開いたままの操作ウィンドウから目が離せない。
「孫兵、友達を裏切ったな」
「裏切るも何も。作兵衛、数馬、藤内」それが彼らの名らしい。「僕も左門と三之助に関してだけは、君たちと同じ意見だよ」
「ちなみにお前らがシステムAIだと判ったのは、この天才ハッカーTAKI様一人の手柄だぞ」
「迷子になっている彼らの解答がいつか見つかればいいと思っている。でも、やり方ってものがあるだろう?」
「ゲームプログラムを解析により、他のプレイヤーやワイヤードゴーストとは明らかに扱いの違う存在があることに素早く気がついたのだよ」
「このシステムが、間違っていると言いたいのかよ」
「それは、僕には答えられない。たださ、友達だって言うなら、もう判ってるはずじゃないか。このシステムは彼らにとっては、苦痛でしかないってことが」
「別に孫兵から事前に情報を得ていたわけではなく、私が一人で見つけたのだ。勘違いするなよ、私一人でみつけたのだ」
「TAKI、うるさい」
 またAYABEか! 私の素晴らしき独壇場、輝けるステージ、誇るべき活躍に水を差すのは!
「私の栄光を皆黙って聞くべきだ」
「存在がうるさい。……ねえ、佳境だよ。面白いことになってきた」
 不気味ににやついて、AYABEのやつは私を無視して会話し続ける孫兵と作兵衛を指差した。
「彼らは似ている。腹が立つな」
「意味が判らん」
「隠し事をしているんだよ。僕らにね。そう、キンゴ、君たちとか、兵助さんと同じように」
 突然名前を呼ばれたキンゴは、ぎょっとしてAYABEを見返した。もちろん、突然名前を呼ばれて驚いたからではない。――別な理由があったと知ったのは、もっと後だ。
「TAMURA、アレがカスタマーサポートだって?」
「あ、ああ。あっちの髪の紫色の方だ。セーブポイントのバグを報告しに管理局へ」
「全部言わなくてもわかるよ。あのAIにバグ報告に行ってから、TAMURAに妙な事、つまり異常が起こった。どんな異常かっていうと、これももう言わなくても判るか」
「……ぼくが、発生した」
 田村三木ヱ門本体とは切りはなされた、<ワイヤードゴースト>のTAMURAが。鏡に映ったように、そっくりな虚像。
「多分、彼に会ったのがターニングポイントだね。でもおかしいな、ワイヤードゴーストが発生するのは、ゲーム内だけじゃなかったのかな?」
 AYABEがそこまで語った時、突然目の前に七色のノイズが走った。
「藤内! まだやるつもりなのか!」
 孫兵が叫んだ。
 ノイズで、何も、見えない。恐らくAYABEやTAMURAも同じ状況だ。
 操作ウィンドウの情報も見えない。私は咄嗟に尤も簡略化した動作で、愛用の戦輪を呼び出した。
 風を切る音を鳴らし、戦輪の輪子が空を切り裂く。
 切り裂いた空間が、正常な映像として細く映し出される。この戦輪は極力正規処理を行うように構成されているから、通過した軌跡もシステム側が正常な処理を返しているのだ。
 開いた隙間から、藤内ではないもう一人のAI――数馬が、きらめく小さなカプセルを手にしているのが垣間見えた。
「数馬の得意なウィルス形攻撃です!」
「孫兵、そういう大切な情報は先に、畜生、一旦引くぞ」
「駄目です、まだ説得が終わってません」
「どう考えても決裂だろうが!」
 カプセルが弾けた。環境偽装形らしきウィルスは目に見えず、私の開きっぱなしの操作ウィンドウから侵入、万事休すか。
「まだです!」
 キンゴが高らかに空に向かって叫んだ。そうだ、その手があった。
「ランタロウ! サンジロウ!」
 瞬時に現れた二つの影。そして晴れていく映像ノイズと、ウィルス達。
 ランタロウは修復を、サンジロウは空間操作をそれぞれ得意とするAIなのだ。この手の攻撃など、ものの数ではない。
「ただの観測者よりも、警備システムの僕たちの方がシステムコアに近いので、つまり要するに、えっと」
「キンゴ、難しい事を言おうとするな、混乱しているぞ。つまりその手は通じんということだ」

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