ラビリンス・ヒーロー 011

 私は再びゲームセンター前に来た。やはり、巨大な看板にメンテナンスの知らせが掲げられている。
 さっきから一時間ほど経ったが、未だに終了時間は未定となっている。やはり慇懃無礼にして不敵な態度だ。これを作った、<作兵衛>の仕業だろう。案内役のふりをして、私たちの様子を伺っていたのか。
「入れるのか?」
「いや、封鎖されてますね」
「ではどうする」
「合い鍵です」
 馬から下りた孫兵は、ズボンのポケットから小さな鍵を取り出した。目を凝らしてみると、鍵の溝の部分に事細かにバーコードが刻まれている。バーコードは緑と黒の縞模様で、蛇の腹のようにも見えるし、夢から現実に目覚める際に目の中で映ろう文様のようにも見える。
「入るぞ」
 孫兵は、巨大な門に向かって宣言した。声が空中に木霊する。どこかで見ている、観測者へ向けられた警告だ。
 反応はない。
 孫兵が看板と門に向かって鍵を翳すと、鍵の丁度すぐ前に扉が現れた。打ちっ放しのコンクリートのような灰色の、重たそうな扉だ。見覚えがあった。私の住んでいるビルの、各部屋の玄関と同じだ。
 本来の扉と同じ所に、ドアノブと鍵穴が付いている。ただし扉だけが、荒野に突っ立っている。
 孫兵が蛇色の鍵を差し込むと、観念したかのように自動的に空いた。
「さて、どこから探しましょうかね。TUGIYAとSAMONはここで迷子になったんですよ」
「私は観測者と制作者の計三人を引っ捕らえるのが目的なのだが」
「彼らはここにはいませんよ」
 ドアの向こう、の迷宮は現実にそっくりだった。尤も、ネットの世界も現実さながらにグラフィカルで立体的な映像を眼球に映し出しているが。
 そっくり、の意味が違う。扉の向こうが見た事のある風景だった。
 私の部屋だ。今は壁を二つ破壊して、三つの部屋を繋げて使っているが、その壁を破壊する前の住居にそっくりだ。私の記憶が確かなら、トイレ・シャワー・キッチン・三段ベッド・備え付けの冷蔵庫・テレビ・電灯のスイッチ・壁の電話線・テレビ線・カーテンの模様・窓の位置までほぼ同じ。窓から見える風景は外の荒野だったが。
「いないのなら来た意味が無いではないか」
「ありますよ。まずは説得でしょう? TUGIYAとSAMONの記憶を戻すのに、これがこんなに意味がないと証明したなら、作兵衛達もこのゲームの稼働を止めるでしょう」
「稼働が停止したからといって、被害者が報われるわけではないぞ」
「ま、ま、あんまり気を立てずに。二人を見つけ出したら、作兵衛達を誘き寄せることができるかもしれないじゃないですか」
「どうもお前の話に乗せられているような気がする」
 私は人に使われるのは好かん。
「さっきの情報も真偽は確かでないしな」
「ならば尚更、自分の目で確かめないと。百聞は一見にしかずですよ」
 自分の目で、か。ネットの映像自体が誰かの作った虚像なのに、そこに真実は有るのか?

「本当なら、ここでゲームの案内役から説明が出るんですが」
 部屋の中を見回しながら孫兵が言った。
 部屋の中の配置は、やはり何度見ても記憶の中にあるものとそっくり同じだ。記憶が不確かな可能性も多分にあるのも含めて考えると、この部屋は平均的に集団居住区の家具初期配置に酷似しているのではないかと予測される。
 そのことをAIの孫兵が知っているのか知らないのか判らないが。
「作兵衛か。逃げてしまったからな」
 その作兵衛というのも、AIの筈だ。
 集団居住区は政府が増えすぎた人口に対応するために与えた、現実の建造物の一つだ。現在は廃墟となっている物も多く、そうでなくても私のように部屋を改造して棲んでいる人間が殆どだ。
 従ってこのような部屋が実際に存在したのは、五年以上前の現実の中で、となる。
 何故AIが過去の現実を再現しようとしているのか、どのような方法でもって再現したのか。
 それについては孫兵から先程聴いていた。
「取り合えず無理矢理先に進みましょう。どの地区から、行きますか?」
 テレビの上にリモコンが置いてあった。それを孫兵が手に取り、電源ボタンを押すと、画面の右下に発光ダイオードの部分が茜色に光った。
 発光ダイオードというのは、五年以上前のものでも電圧を通せば正常に動作する物が殆どだ。ほぼ永久的に作動する半導体素子である。現実的に永久的な存在だ。
 ここは仮想なので半導体の寿命など微塵も関係無いが。何しろ全て永久的なのだ。世界が壊れない限り。
 孫兵がチャンネルを回す。昔懐かしい、1、2、3と数字の書かれたリモコンだ。数字を押すたびに、どこかの風景がテレビに映った。
「TUGIYAとSAMONの行き先だろう? お前に心当たりがあるのではないのか」
「あったらすぐ見つかってますよ。どこに居るのか判らないから迷子なんです」
 まあそれはそうだが。
 しかしその二人を知らない私に、どこに行くのかと聞かれても。
「ゲームはまず地区単位で行き先を決定します。行った先は戦前の街並みを再現したフィールドになっていますが、敵が出てくるので気を付けて下さい」
「何らかの武器を使う事ができるのだな?」
「はい。剣と銃、どっちにします?」
 三段ベッドの下が引き出しになっている。開けると、剣と銃が二つずつ。孫兵と私が二人で入ってきたからだろう。
 剣は日本刀で、銃は回転式弾倉を有するリボルバーだ。レトロさを演出しているのだろうか。
 日本刀、というのでふと思い出し、私は1-ハに回線を繋いだ。
「TAKIだ。状況はどうだ?」
「何とか大丈夫でした。そっちは今、ゲーム内に居るんですよね」
 ショウザエモンが出た。私の位置を特定できたということは、孫兵に回線を傍受・介入されたイスケも無事であるということだ。
「うむ。私はこれからお前等と回線を繋ぎっぱなしにするから、リアルタイムで異常の監視と解析を頼む」
「判りました」
「それと、キンゴを貸してくれ」
「キンゴを?」
 ショウザエモンが聞き返した。
 見ると、孫兵も首を傾げている。
「問題あるか?」孫兵の方へ問い掛けた。
「ちょっと、待って下さい。AIが入るのとユーザーがプレイするのだと設定がどうなるか判らないんで」
「お前もAIではないか」
「僕は合い鍵で入ってるんですよ。一応関係者なので。そうじゃないAIは、どうだか判りません」
「私が何とかしよう。要するにアカウントを偽造すれば良いのだろう」
「あ、成る程」
 私は目の前にプログラムの操作ウィンドウを開いた。薄緑の透けた一枚板だ。英数字が既に羅列している。これは1-ハ関係に関して何かしらの偽造をすることが時々あるため、予め作っているテンプレートである。
「で、キンゴは大丈夫か?」
 話をショウザエモンへ戻す。
「手は空いてます。どこへ送ればいいですか?」
「ここへ、は無理か」
 狭い集団居住区の室内。
「プロテクトがかかってます」
「鍵を開けましょう。1-ハはどこから飛んでくるんですか?」
 私たちの会話に孫兵が入ってきた。隠し立てする内容ではないので、孫兵にも1-ハの声が聴こえる音量で会話していた。
「僕らがいつも遊んでる草原です」
「呑気だな」
 私は孫兵に座標を伝えた。
「一瞬だけ開けるので、一瞬で入ってきて下さい」
「だそうだ。大丈夫か?」
「はい!」
 キンゴが意気込んで返事をした。かと思うと、既に部屋の中に飛び込んできていた。

「私は銃を持とう。キンゴ、お前は日本刀だな」
「はい。ちょっと、大きいですね」
「刃渡りはサイズ変更できますよ」
 よく見ると、柄の部分に操作用のスイッチが付いている。上下を向いた矢印が付いていて、下を押したら刃先が縮んだ。
「銃は弾倉数に制限があるから気を付けて下さいね」
 そんなものは、無制限に使えるように中のプログラムをちょっと書き換えれば良いだけではないか。
「孫兵、お前少し楽しんでいないか?」
「そんなことないですよ」
 そうは答えるが、どこか浮き足立っているように見える。
 孫兵の設定年齢は十二歳だったか。私よりも一つ下だ。一歳違うだけで、随分子供っぽく見えるような見えないような。
 救えもしないのに、だったよな。こいつがこのゲーム内でTUGIYAとSAMONとかいう二人を捜し出すのは、彼にとって重大な意味があるのだろう。そう思わせる口ぶりだった。
「あと、これが回復アイテムです」
 冷蔵庫の中から何やら茶色い固形の物体を取り出す。
「何だそれは?」
「カステラとか言う昔のお菓子ですよ。ゲーム内で敵の攻撃を受けると、設定された体力値が減る仕組みになっています。で、これを”食べて”回復するわけです」
「それも、使用すると所持数が減るというわけか」
「荷物になるので、僕が持っていましょう」
 これの所持数も無限に変更出来ないだろうか? 後で見ておこう、本当にその必要があるかどうかまだ判らないし。
「で、こういう装備を持って、選択した地区内で敵と戦いながらゴールを目指すのが、この<ラビリンス・ヒーロー>のゲーム概要です」
 やはり何となく楽しげに見える。
「お前は、以前にはプレイしたことはないのか?」
「いえ、今回が初めてです。というか今回も僕は関係者としてゲーム内に入れはしても、プレイヤーにはなれません。AIですから」
「アカウント、作ってやろうか?」
 孫兵はちょっと驚いた顔をして、目を瞬かせた。
「TAKIさん、そういう規則違反はちょっと……」
 キンゴが袖を引いた。そういえば、こいつらは規則違反を取り締まるセキュリティシステムなのだった。
「今は緊急事態だ。いくら規則で世界を管理しようとも、現実には例外というものが有るものなのだよ」
「いえ、結構ですよ。僕は」
 十二歳に設定された、幼い孫兵はこういう遊びをしたことがあるのだろうか。
 無いからこそ、執拗に二人の行方不明ユーザーを探しているのではないか? 他の作兵衛、数馬、藤内という三人のAIもそうだ。
 自分に無いものを持っているはずの、現実の人間と友好を結ぶのは、あこがれの一つの形なのでは無いだろうか。
「僕もプレイヤーに加わったら、僕まで敵のターゲットになりますからね。サポートに回るには、例外であった方が良いでしょう」
 孫兵の言う事も尤もだ。しかし、本心なのだろうか。
 AIだって嘘を吐く。1-ハの連中の嘘と悪戯に、いつも付き合わされているからな。それぐらいは判っている。

落乱 目次

index