ラビリンス・ヒーロー 007

メンテナンスのお知らせ

★日時 9月27日(月) 06:00 〜 未定★

ネットワークの安定運用の為に、メンテナンスを実施いたします。また、それに伴いまして、上記期間内でサービスを一時停止致します。ご利用いただいておりますお客様にはご不便をお掛けいたしますが、今後のサービス向上の為に必須な所要工程でございます。ご了解いただけますようお願いいたします。


 迷宮の入り口に掲げられた巨大な看板に、慇懃無礼な文句が連なっていた。文面自体は極一般的だが、しかしこれを読んだものは大抵が慇懃無礼だと感じるであろう。
 その上、私のように今当に踏み込もうとしていたなら尚更だ。
 警告は何の予告も無く、定時に突然現れたのだ。
 現在九月二十七日月曜日、午前六時一分六秒。
「これは、わざとではないか?」
「そうでしょうねえ」
 回線越しに、ショウザエモンが同意した。メンテナンスの予告とも取れる文章が出たのは、私が門を超えようとしたその瞬間だった。まるで、狙ったかのようなタイミング。
 出鼻をくじかれた腹立たしさに、唖然と何度も文章を読み直してしまった。
 これは慇懃無礼極まりない。
 大体、こういった類の情報は一月以上前から出しておくのが一般企業のモラルというものだ。その上、何のためのメンテナンスなのか書いていない。メンテナンスの終了時刻を記していないのも問題外である。
 このインフォメーションからすら溢れ出る問題外感。中身も相当な問題外なのではないか、と疑ってしまうのも自然の理。
「これを以前までにプレイした事のある者はいないのか」
「僕らにですか? 居ませんねえ、僕ら、こういったヴァーチャルなゲームはあんまり」
「存在そのものがヴァーチャルなのに、何を言う」
 1-ハの矛盾した言動が、私だけに聴こえる音声となって荒野に響いた。
 件のゲームセンターは、数多ある街の中ではなく人里離れた荒野に唐突に建設されていた。郊外型のゲームセンターなのかというと、そうでもなく、何しろここに来るまでの道が酷かった。野を越え山を越え、道無き道を彷徨い歩かなければ辿り着けない形式になっている。こんな形式で繁盛するのか多大に疑問だ。
 現在、先程も申した通りに午前六時を回ったところ。四郎兵衛の証言を元に実地調査に乗り込んだわけだが、早朝からゲームなんぞする人間はそう多くはないだろうと、人気の無さそうな時間帯を選んで来た。目論み通り、周囲に人影は全くない。ただ私の薄い影が伸びるのみ。
「しかし、このように入り口を鎖したということは、ゲームの運営側に僕らの動きが勘付かれたのだと考えて問題無いでしょう」
「うむ。一筋縄では行かんな。だが、これは運営側にやましいところ有りと証明されたわけでもある」
「確かに」
「運営と連絡は取れないだろうか」
「その辺にアクセスコードが有りませんか」
「ある」
 慇懃な看板の下の隅に、四角いバーコードが貼ってある。白黒の縞と斑点で構成されたそれは、企業などが使う連絡用の私書箱だ。個人が使うメールやチャットよりも暗号精度が高く、またあちらの所在を明らかにする必要が無いので、外部の人間が企業を騙って使用する危険性が低い。
 私がバーコードを1-ハとの通信回線に送り込むと、数秒後に返信が来た。
 1-ハから。
「なんか繋がらないんですけど」
「ヘイダユウ、私に言われても困る。ここに貼ってあるままのバーコードを送ったのだ」
「いや、繋がりはするんです。ただちょっと問題があって……」
「何だ、ランタロウ。遠慮せずに早く言え」
「会員登録してあるユーザーしか受け付けないって返信が来たんです。ゲームにログインしてから出直せって」
「会員登録だと? そんなもの、初めてここに来たのだからしているわけがないだろう」
 一見様お断りということなのか。慇懃無礼にも程が有る。
「してないですよね?」
「してないな」
「おかしいなあ。でも、ユーザーIDみたいなのは返信に書いてあるんですよ」
「ユーザーIDだと? 誰の物だ」
「TAKIさんのものに、見えます。<TAKIxxxxxx13>」
「何だと!?」
 その見覚え有る配列は、以前の広告メールに記載されていたものだ。記憶が正しければ、「既に登録は済んでいます」と続いていた。
 登録した覚えのないID。もしかしたら、全てのユーザーに同じIDを与えているだけかもしれない。既に登録が済んでいるので、すぐにお試し頂けますなどと言いつつ、利用の敷居を低くする手口。実質の識別はパスワード等の他の要素を登録させることで補えばいい。
 だが、このIDは確かに私専用の文字列に見える。ネット上で使用しているネーム<TAKI>から始まるだけではない。後に続く数字は、私が九死に一生を得た日だ。処刑される人々の列の中から、七松先輩に手を引かれた、あの日。そして現在の年齢。
 偶然か? あり得ない。
「どういう事でしょう?」
「思うに、私がこの看板の前に立ったから、ではないか。つまりこのバーコードは、目の前にいる相手によって内容が変わるのだな。そう珍しくもない、送り主を特定するためのシステムだ」
「でも会員登録はしてないんですよね」
「運営が勝手に登録したのだろう。返信の全文は?」
「もしもID<TAKIxxxxxx13>さんがログインパスワードを喪失してしまったのでしたら、こちらにアクセスして下さい。で、リンクが貼ってあります」
「送ってくれ。やってやろうじゃないか」

 舌打ちもしたくなる。この事件に絡繰りが仕込まれているとしたら、要するにこれをやっているやつらは私を知っているのだ。私を知っている連中ならば、私も彼らを知っているだろう。
「記入が終わりましたら回収させて頂きます」
 目の前で黒い髪のゲームの案内役AIが事務的に言った。見た目は私よりも若干幼く、ユーザーから可愛らしく見られるように設計してあるらしい。頭上に浮かぶネームプレートに<作兵衛>と浮かんでいる。メールに記載されていたリンクにアクセスした先の小さな部屋で、案内役のAIが待ち構えていたのだ。
 私は私の頭の中を検索する。思考は曲がりくねった一本道を作成する行為だが、思い出すのは記憶の迷路を辿る行為だ。私はネットの内外を問わず、目の前の<作兵衛>と繋がりそうな情報を思い出そうとした。彼はAIだが、もしかしたら過去に私はその作成者との接触があったかもしれない。
 しかしコンピューターと違って検索ソフトは無いし、候補のリストアップなどできないし、脳というのはその膨大な機能と記憶デバイスのために不便極まりない。CPUの性能は高いのだが、緻密である程扱いにくくエラーも難解なのだ。田村のように。
 だめだ、こいつは知らない。少なくともこの外見に近い知り合いはいない。名前も、私の記憶と接点がない。有りそうな名前ではあるんだが。
「まだ書き終わりませんか?」
 作兵衛は太く薄い眉毛を吊り上げて催促した。お客様に何たる態度か。しかしこういう人間的な動作が無ければ、愛着を持たれぬのかもしれん。
「もうちょっと待て」
「こう見えても忙しいので、早くして下さい」
 こうと言われても、どうにも見えぬが。そういえばメンテナンス中だったか。
 私は彼に渡されたアンケート用紙をもう一度頭から読み直した。用紙といっても紙ではない。目の前に浮かぶ、四角く白いウィンドウだ。入力用のフォームが設けられてある。私は未だ一つも記入していなかった。

ログインパスワード等を喪失した場合、新規ユーザー登録やゲームプレイ中に登録頂いた情報の幾つかを覚えていらっしゃれば、こちらで確認を取り、パスワード他を再発行させて頂きます。※これは本人確認のためです。

 これが書き出し。何というか、アナログな手法だ。結構適当というか。それに加え、どこか日本語が幼い。先程見たメンテナンス予告のインフォメーションもそうだった。目の前の案内役のAIが幼いことから、それに合わせているのかもしれない。いや、それにしてはお粗末か。
 そして以下に、数個の設問が儲けられてある。これらの情報を私が新規登録やらゲームをやっている途中だとかに登録してしまったらしい。

1.ユーザーID
2.ユーザーパスワード
3.ユーザー名
4.メールアドレス
5.生年月日
6.出身地
7.初めてネットにログインした日
8.x年x月x日、どこに居ましたか?

 そんな馬鹿な話があるものか。ID、ユーザー名、メールアドレスはすでに記入されていた。メールアドレスはネット上での私の公開情報だし、IDとユーザー名はあちらが勝手に割り振ったものだと推察されるからどうでもいい。
 それ以下だ。生年月日、出身地、7と8は意味不明。何故、私と縁も縁もない彼らがそれを知っているのか。彼ら、そうこのゲームの制作者達は。複数の目的正体不明の人物は、同時に今回の件の容疑者である。まだ容疑も不透明だが。
「まだでしょうか」
「まだだ!」
 AIに当たっても仕方がない。AIが何かを知っている可能性は――無いとは、言い切れないじゃないか。そもそも昨今のAIはちょっと見ただけでは、ちょっと話しただけでは人間とほとんど代わりのない動作をする。生身は無いが、思考はある。例えばタカ丸さん、孫兵のような人間臭いAIは結構多いのだ。そして行方不明の被害者にはAIも存在した。
 この作兵衛から情報を引き出す事はできないだろうか?
「そんなに叫ばなくても。思い出せないのなら空白で構わないので」
「いや、思い出す。しかし幾つか質問させてもらおう」
「はい、良いですよ。そのための案内役です」
 存外愛想良い返事が返ってきた。

 その前に、身の安全を図りたい。私はこっそりと1-ハとの回線を繋いだ。
「数人の協力を要請したい」
 小声で。相手に知られては、警戒されてしまう。
「何故ですか」
 回線に出たショウザエモンは渋った。AIが消えている事から、あまり自分達で乗り込みたくないのだろう。AIの消失は、悪くすると死と似ている。
「戦闘になるかもしれん」
「できるだけ回避して下さい。じゃ」
「待て切るな待て待て」
「TAKIさん。僕らみたいないたいけな子供を、危険な戦場へ連れ出そうと言うのですか」
「時代がかって言っても無駄だ。私は協力して、やって、いるんだぞ」
 保身が最優先というのがお役所仕事のようで勘に障る。実際お役所なのだが。しかしお役所なのなら、仕事をきっちりやって貰わんと困るのというのが平民の総意である。
「ハッカーとして高名な、優秀なTAKIさんなら僕らの手助けなんて無くても、素早く問題を解決してしまえるでしょう」
「まあそれほどでもないが。誤魔化すな」
「駄目だってさ」
 ショウザエモンが私に向けてでない、ぼやきを漏らした。回線の向こうで小さな1-ハ達が騒いでいるが、それに一々反応している場合ではない。作兵衛が不審気に見ている。回線は偽装され、余程調べられなければシステム側にでも見つけられない自信がある。つまり私は一人言を喋っているように見えるのだ。しかも離れていればちょっと聞こえないぐらいの小声で。見えない妖精とでも会話しているのかと思われているのかもしれない。そういうのは、空想と友好を結ぶ狂人であると判断される。AIに一人言を不審と見る回路が組み込まれているかどうかは定かでない。
「じゃあ、キンゴとダンゾウで」
「適任だ」
 回線が切れるより前に、キンゴ、ダンゾウの二人から連絡がそれぞれ入った。
「頑張ります」がキンゴで、
「危なくなったら逃げるためですか?」がダンゾウだった。確かにダンゾウの移動能力は逃走には大変有効であるが、逆の使い方だってある。
「で、質問だが」
「長くかかりましたね」やはり、作兵衛は多少不審と感じているらしい。
「考え事するのに、口に出してしまう癖が有ってな」
「誰かと相談されているのかと思いましたよ」
「誰か、と言えば確かに、私は私自身と相談していた。何しろ私の高度な思考処理速度に追いつける存在は、人でもAIでもそうは居ない――」
「ああそうですか。話の通りだな」
 作兵衛が言い捨てた言葉は、短いが無視出来ない内容だ。それはそうとして、彼は結構乱雑な性格のAIだな。見た目通りの幼さと言ってしまおうか、その年代特有の世を斜めに疑いかけている風な。
「話、とは?」
「このゲームは会員証紹介制となっています。だからTAKIさんを紹介した方が居ますし、その方からTAKIさんについては伺っています」
「TAMURAか」
「そうです」
 は? 全く適当に言ったのに、当たってしまった。こいつもしかして、誰を上げられても頷くんじゃないだろうな。
「いや、AYABEだったか」
「そちらの方からの紹介もありますね」
「ISAKUさんだったかな」
「一度に得られる紹介記念アイテムは一つだけですよ、念のため」
 予想通りすぎる。人間の行動なんて個々人の些細な違いは有っても、有る程度はパターン化しているために、予測が簡単であるとは言えども。
 子供、のようだ。このAIに限った話ではなく。せめてAYABEやISAKUさんが登録しているかどうかを確認してから嘘を吐けば良いのに。
「他に質問は?」
「この項目の、5から8まで、私はこのゲーム内で入力した覚えがないのだが。これは何だ、TAMURAがやったのか」
「5と6はその通りです。ですが7はシステム側から習得しています」
「システム? ゲームの?」
「いえ、ネットのです」

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