火事場に泥棒一網打尽 五

 時が訪れるのを待っている。
 乱太郎とユキは、夜が深まる前には町から遠く離れた山中にあった。日中とは風体が違う。町を出た時は旅芸人のような粗末な衣服を纏っていたが、今は乱太郎は立て烏帽子に直垂姿、ユキは市女笠からむしのたれ衣を垂らし顔を隠して止ん事無き身分を装っている。地震のために都を焼け出された公家という設定で伊助が用意した衣装だったが、些か態とらしい。庄左ヱ門の考えでは、それを訝しむほどの余裕は盗賊共には無いとのことだったが、はてさて。上手くいくかどうか。乱太郎は空の荷物を大事そうに抱え、あたかも中身は自身の最後の拠り所である金子であるかのように装い、ユキは野歩きに馴れていない婦人らしく疲れて引きずるような遅い足取りで乱太郎の背中に縋って歩いている。
 乱太郎が空を見上げた。十一月の冷え研ぎ澄まされた夜空に、月明かりが明るく射しているが、そこに不吉などす黒い雲が湧き出している。いかにも何事か起こりそうだ。
「ねえ、乱太郎」
 ユキが乱太郎にしか聞こえない声で言った。
「わかってる」
 乱太郎もユキにしか聞こえない声で返す。
 二人の足は、そろそろ庄左ヱ門たちの暮らす町へと繋がる道へ差し掛かる。
「六人、これで全員かしら。随分怯えてるみたいね」
「うん。庄左ヱ門の予測が正しければ彼らはそろそろ良心の呵責に苦しみ始める頃だろう」
「追い抜く気配もないわ。このまま、町に着く前に決着が付きそうね」
「事が起こった時にあまり町から離れていると面倒だ。少し足を速めようか」
「ええ」
 乱太郎とユキの足取りが、微妙に変化する。二人を取り囲むようにして後をつける盗賊たちは、その変化に気がつかない。気がつかない内に、二人の足取りにあわせて歩かされている。
「ねえ、乱太郎」
「どうした?」
「庄左ヱ門は怒ると思う?」
「そりゃあ、怒るだろう。既に火付けに関しては相当鶏冠に来てるみたいだったし」
「それだけじゃなくて、よ」
「う……ん。きっと、腹を立てるだろうね」
「でもあたし怒れないわ。あんまり哀れだもの。乱太郎もそうでしょ?」
「部外者だからね」
「そうね、部外者なら良かったわね」
 木枯らしが強く吹いた。乱太郎が周囲の盗賊たちに悟られないよう、目線だけを動かして空を見上げた。黒い雲は金の月を呑みこもうとその舌先を伸ばしている。
 その時、大地が、山が、何者かに怯えるような呻り声を、微かに響かせた。乱太郎がはっと顔を上げる。周囲の盗賊達も大地の泣き声に気がついた。
 その直後、激しい縦揺れが彼らを襲った。
 ユキが躓いたに見せかけて膝を折る。乱太郎が彼女に手を伸ばすふりをして、抱えていた荷物を取り落とした。
 そこに躍り出てくる六つの影。六人は乱太郎とユキを取り囲み、その中でもっとも身の軽そうな小柄な少年が、乱太郎の落とした荷物に駆け寄った。
 罠である。少年が荷物に手を触れた瞬間、それは内部から弾け、真っ白い煙幕をもうもうと吹き出した。
 依然揺れは続いている。少年を除く五人は手に刀を携えていた。だが突如吹き出した煙に戸惑い、また地震の揺れのため上手く立ち回ることができずに往生している。
 地震が来ることを知っていたのはお互い様だったが、忍の乱太郎、ユキと付け焼き刃の盗賊団では踏んだ場数が違った。
 転んだと見せかけたユキは素早く立ち上がり、背後で刀を振り上げていたのっぽの青年に素早く当て身を食らわせ、吹き飛ばした。続いて流れるように彼の隣の若者の胸座を掴み、逆の手の平に隠し持っていた寸鉄で鼻っ面を潰した。
 乱太郎も負けては居ない。先ずは煙幕に驚いて立ち尽くしている少年のみぞおちに一発食らわせ、正体を無くさせると、残る三人に向かって懐から取り出した鎖分銅を投げつけた。煙幕のために、乱太郎の鎖は盗賊達には朧気にしか見えない。煙の中から現れた鎖は弧を描いて一人の肩を砕き、軌道を変えてもう一人の首筋を打った。二人がばたりとその場に倒れる。残るは一人。
 味方を失った男は、既に煙幕に紛れて一人だけ逃げだそうと踵を返した。
 そこに、どん、と一段と強い揺れが来る。
 男が躓いた。
「哀れだ」と、乱太郎は呟いた。男が転んだ気配を煙の向こうに感じたが、殊更慌てて飛びかかる必要はないように思えた。妙な転び方をしたから、足を痛めただろう。それで上手く逃げられるはずがない。
 哀れに思ったのはその姿があまりにも無様だったからである。火付け盗賊に身を落とし、衝動的に追い剥ぎなんぞに手を染めようとして、仕舞いには味方を捨てて一人逃げだそうとしたその姿が。なるほどそういう生き方も良いだろう。しかし、火やら刀やらで誰かを傷つけることを生業にしようという割には、些かその覚悟が足りなかったように思える。故郷の町で二度目の火付けを実行するのに怖じ気づいて、後腐れの少ない追い剥ぎでせこい稼ぎを得ようとしたのがその証拠だ。
 所詮、忍の乱太郎たちとは覚悟の重さが違ったのだ。誰かを傷つけることを生業とする者として。
「町に帰れば、火付けの罪で火炙りの刑に処されるだろう。だがそれ以上に残酷な事実が待っているよ」
 揺れのおさまった地面の上で、芋虫のように体をくねらせている男に向かって、乱太郎はできるだけ感情を殺してそう告げた。
「でき心っ、でき心でっ」
「許しを請うのは僕たちにじゃない。町の皆にだよ、五朗左右衛門殿」
「私はあの坊主に、唆されたっ」
「ああ、そうだろうね……」
「乱太郎、さっさと縛り上げて町に連れてっちゃおう」
「……うん」
「余計なこと、考えない方がいいわよ。相変わらず情に脆いんだから」
 ユキの言うとおりだ。乱太郎は既に、この男の側に立って考え始めてしまっている。何しろ自分と同じ生業を選んだ男なのだから。だがユキは冷静だ。同情しているのは既に先程口にした通り。だが実際は部外者として冷静に中立の立場に立っているのは、彼女が女だからだろうか。
「急ぎましょ」
 ユキが乱太郎をせっついた。

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