悪党たち 一
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(11/12/25)
授業が終わり、いつものように皆で遊びに出かけようとすると、伊助だけが輪から外れた。
「あれ、伊助は遊びに行かないの?」
乱太郎が訊ねると、
「今日は委員会なんだ」
と申し訳なさそうに答えた。
「授業終わったばっかりなのに、大変だねぇ」
「ほら、今日は土井先生が出張に行ってるじゃない。僕ら生徒だけだと、手間取りそうだからさ、早めに集まろうって久々知先輩が」
「そういえば火薬委員は六年生の委員長もいないんだっけ」
「そう。最年長のタカ丸さんは僕らと同じくらいしか勉強が進んでないから、あんまり頼りするわけにはいかないし、土井先生がいないと実質久々知先輩だけ働いてるみたいになっちゃうんだよね。下級生は雑用ぐらいしかできないから」
「大変だね」
そんな事を話ながら、廊下を歩いていると二年の池田三郎次が血相を変えて走ってきた。
「伊助、聞いたか!?」
「事によっては」
「その様子だと聞いてないな。何でも、久々知先輩が大怪我して保健室に運び込まれたらしいぞ」
「ええーっ、またですか?」
「まただ。取り合えず今日の委員会は中止になるだろうから、これから見舞いに行こうと思う」
「僕も行きます。あ、タカ丸さんには言いました?」
「言ってきた」
伊助と三郎次が大慌てで走っていくのを見ていると、一緒に歩いていたきり丸が、
「なんか面白そうだな。行ってみようぜ」
乱太郎と、きり丸それにしんべヱも伊助達の後を追いかけて行く事になった。
保健室では、保険の新野先生と保険委員長の善法寺伊作が詰めかけた怪我人の手当をしていた。五年生の制服が多い。ちらほらと六年生も混じっていた。
当の久々知兵助は、保健室の一角に隔離された床の上に、座っている。
「先輩、大丈夫ですか?」
「伊助と三郎次か。大した怪我じゃないよ」
言って、包帯を巻かれた右手を揺らして示す。そうは言うが、腕には固定するための木材が当てられ、包帯でぐるぐる巻きにされている。さらに、無暗に動かさないように首からつり下げる形にされていた。大した怪我だ。
「折れてるんですか?」
「うん」
平然と答える。三郎次が聞いた話だと、彼が学園に運び込まれた時は、腕から夥しい出血をしており、同級生から両脇を支えられてやっと歩いている状態だったらしいのだが。
「まあ、兵助は頑丈なのが取り柄だからな」
同じく怪我の手当を受けていた五年の竹谷八左ヱ門が、話に入った。こちらも満身創痍で、全身あちこちに包帯と湿布を当てられている。
「一体何があったんですか?」
乱太郎が訊ねると、八左ヱ門とは別に傷の手当てを受けていた不破雷蔵が答えた。
「ちょっと難しい実習だったんだ。五年と六年が総出で向かったんだけどね」
周囲を見ると、手当を受けている上級生は皆かなりの傷を負っている。確かに大変な実習をこなしたらしい。
「いいや、兵助は半ば自業自得だ」
鉢屋三郎が言った。彼は手当を受けていなかった。見たところ、無傷であるらしい。
「どういうことですか?」
「いや、僕らにも責任はあるんだよ」
「おれと雷蔵が敵に見つかったのが、不味かった。敵の城から盗んできた物品を抱えて逃げる途中、五、六人の武士に追われてしまって」
途中幾度も切り結び、或いは投擲武器や火薬で応戦しつつも、数が多い上に守るり届ける物があっては上手く撒けない。そのうち雷蔵と八左ヱ門は、連絡係として兵助が待機していた地点まで何とか引き返してきた。
山道を駆けてきた二人が傷だらけであるのを見、さらにすぐ後から喚声を上げて追ってくる敵の武士の気配を感じ、兵助は待機していた木の枝の上から飛び降りた。
時刻は丑三つ時、月明かりの射す薄ら闇の中で血の匂いが鼻先にぷんと漂う。
「しくじった。が、一応目的は果たした」
八左ヱ門が短く報告する。兵助は素早く頷くと、「おれがおとりになってくる」等と言いつつ、二人がやってきた道を逆に引き返し始めた。
雷蔵と八左ヱ門は勿論呼び止めたが、聞かない。
「早くそれを持って陣に戻れよ」
と、背中を向けたまま叫んだ。
「ど、どうしよう。兵助を追いかけて助太刀すべきか、それとも陣に急ぐべきか」
「落ち着け、雷蔵。もう手裏剣の予備もないんだ。おれたちが戻っても仕方がない。一里程先に立花先輩達の待機場所があったはずだ。事情を話して手勢を別けて貰おう」
二人は今までの逃げ足にも増して速度を上げ、上級生の所へ急いだ。
「それで、どうなったんですか」
「どうもこうも無いよ。おれが三郎と潮江先輩を連れて元の場所へ戻ってきたら」
「この態だった」
兵助自らが自嘲気味に笑いつつ言った。
「そう。道に点々と敵がのびていて、その終点で兵助が血まみれでぶっ倒れてた」
「かかかかか返り血を、浴びて、ですかあ」
「いや、殆ど自分の血。この辺を、こう、ばっさりと」
言いつつ、兵助は自分の折れた腕を人差し指で切る真似をした。
「全く、あまり無茶なことはしないで欲しいよ。手当をする身にもなれってんだ」
「しかし善法寺先輩、あの状況なら応戦するのが最良だと思いまして」
「相手の人数を考えろよ」
三郎が横やりを入れる。
「ぎりぎり行けると思ったんだ。連中の得物なんかを見て。実際、何とかなったじゃないか。仮に何とかならなくても、あの時おれは持ち帰るべき情報も無い立場の上、忍術学園の者だと示すものを持っていなかったから、問題はない」
つまり、その場で死んだり捕虜にされたとしても、忍術学園の不利益にはならないであろうから、構わなかったという事だ。
「そこまで冷静に考えたら、もうちょっと生きのびる可能性のある方を見ようよ。僕が言うのもなんだけどさ」
雷蔵が呆れ顔で言った。
と、その時また数人が保健室に飛び込んできた。
「五、六年の先輩達に怪我人が沢山出たって聞いたんですけど」
そのような内容を口々に喚きながら入ってきたのは、伊助たちと同じく、見舞いや野次馬の下級生だ。ただでさえ狭い保健室が、また一層狭くなってしまう。
その中に、四年の斉藤タカ丸と綾部喜八郎が居た。
「今日は委員会お休みって本当ですか」
タカ丸は兵助の座っていた床の側に膝を着くと、そんなことを言い出した。
「誰がそんなことを言った。今日やらないと、明日に困るだろう。いつ何時、火薬を大量に使用する事態が起こるとも限らないんだ」
「え、やるんですか。だって三郎次が」
「すいません。僕らだけじゃなにも出来ないと思って」
「ん、確かにそうだ」
ふと考えこむ。すぐに、
「よし」
と言って立ち上がろうとした所を、
「絶対安静だ!」と伊作が制止した。「大量に失血してるんだ、今は休んで造血機能を阻害しないように心がけないと」
「元気そうに見えますけども」
喜八郎がゆったりとした調子で言った。
「腕が折れてるそうですよ、綾部先輩」
乱太郎が言うと、喜八郎は首を傾げた。
「本当かな」と言いつつ、軽く握り拳を作った自分の腕と、兵助の包帯で固定された腕とを見比べた。かと思うと、突然腕を振り上げて、
「えい」
兵助の腕に向かって振り下ろした。
あまり勢いは無い。兵助は折れた腕をすっと横に動かしてかわし、反対の掌で喜八郎の頭を叩いた。
「ななな、何やってるんですか綾部先輩」
その場にいた下級生たちが、全員ぎょっとして悲鳴のようなものをあげた。上級生は有る程度慣れた様子で、呆れ返っている。
「触ると痛いのかなと思って」
「そりゃあ、痛いでしょうけど」
伊助が、自分の腕をさすりながらちょっとばかり震え上がった。腕の折れた自分を想像してしまった。
「確かに頭蓋骨が痛い」
「骨が折れると、もっと痛いぞ」
兵助も慣れたもので、手を頭にあてて大げさに痛がる喜八郎を見て笑っていた。
「ねえ久々知先輩、委員会はどうするんですか?」
「ああ、タカ丸、そうだったな。今日する仕事はもう決まっているから、ここで指示を出せば、お前達だけでもできるかな」
「出来る範囲で頑張ります」
「伊助、そういう風に言われると何だか不安になる」
「全力で頑張って、出来ない事は逐一相談に来ます」
「良い返事だ、三郎次。じゃ、今から言うから、しっかり覚えろよ」
「おれが書き留めます」
タカ丸が懐から帳面を取り出した。
「今日の仕事は、昨日の昼に届いた在庫の確認だ。今までと同じ明からの輸入が樽で十、南蛮のものが同じく十、これは数を数えて、いつも通りに別けて保管する。質が違うから、ごっちゃにするなよ。それと新しく国産のものが一貫入っているはずだ」
「一貫? それじゃちょっと少なくないですか」
伊助の指摘する通り、一貫というと四キログラム弱ぐらいで、その程度の量の火薬は火縄銃や大筒、宝禄火矢などの火器に使用すればあっと言う間に無くなってしまう。
「新しい産地のものだから、大量に入れる前の実験用だ。土井先生の話では、硝石の質があまり良くないらしい」
「ほうほう硝石の質が」
「タカ丸さん、硝石の字が違いますよ」
「え? どれ、三郎次」
「だから、その新しい火薬の爆発実験をしないといけない。それと一昨日タカ丸が落としてぶちまけた火薬壺の中身も何とかしないと。それも実験し直した方が良いな」
「石はあってます。硝の字は石にあやかると書くんです」
「あやかるあやかる、なるほど。三郎次は物知りだねー」
「実験の手順は、煙硝倉の研究室に置いてある冊子にも書いてあるから」
「火薬委員やってれば書けるようになりますよ、そのぐらい……」
「実験っていつも土井先生と先輩がやってたやつですか?」
「うん」
「それなら多分判ります。いつも見てますから!」
「本当か、伊助?」
「あやかるってどう書くのかな」
「伊助、安請け合いするなよ。ただ爆発させりゃ良いってもんじゃないんだ。お前みたいな一年は組ができるわけないだろ」
「じゃあ池田先輩みたいな二年い組ならできるんですか」
「ねえあやかるってどう書けばいい?」
「できるさ、多分だけど」
「あやかるは、月に点三つですよ」
「月に点三つと。綾部くん、これでいい?」
「上に点三つです」
「多分じゃ、不安だな……」
「久々知先輩、久々知先輩」
「ん、何だ乱太郎」
「不安なのは、多分、の部分だけですか」
乱太郎に促されて、兵助は自分の話を聞きながらも大騒ぎをしている後輩達を眺めた。ちゃんと理解しているのだか理解しているのだかも判らないが、一応理解しようと努力しているのは判る。しかしまあ、文字一つで騒いだり、ちょっとしたことで見栄を張り合って喧嘩をしてみようとしたり、賑やかなものだ。
「確かになあ。やっぱり、おれも行った方が」
「駄目だって! 安静にしてろって何度言えば判る!」
また立ち上がろうとしたした兵助を、やはり伊作が大声で留める。
「でも委員会に出るぐらい、死ぬようなことじゃないじゃないですか。会計とか体育じゃあるまいし」
「死ななきゃ何してもいいってのか?」
「いや、そういうわけでは無いですけど」
「ほんとはこうして会話するのも止めて欲しいぐらいだよ。大人しくしてなきゃ治りが遅くなるんだから」
「しかし火薬の整理も早めにやっておかないと」
「それで兵助の回復が遅れたら元も子もないだろう」
「おれの回復より使える火薬を増やすほうが先決だと思います」
どうも、言い出すと聞かない。理不尽に片意地を張っているようでもないのが、また厄介だ。
「不安は久々知先輩も含めてだと思う」
呆然と眺めていたきり丸が呟き、乱太郎としんべヱも頷き合った。
「確かにねえ。彼も性質に少々問題があるようです」
新野先生が眉を顰めつつ、顎を撫でながら言った。