横恋慕
蛍光灯の光。薬品の匂い。鉄の冷たさ。これが私の愛。
「お兄様」
血の匂い。掻きむしる傷跡。浅い呼吸の音。私だけが癒せる体。
なぜこの人は眠るのだろう。どうして私はこの人と違うのかしら。どうして私だけが違うのかしら。冷たくなっていく体を許すのはなぜ。生きるのに躊躇するのはなぜ。私が隣にいられるのに。
青い顔をして横たわっているのはなぜ。
こんなにもこんなにもこんなにも私はお兄様のために血を流しているのに。足りないのならいくらでも私が、私が、私が、私が、私が、私が、誰よりも、いいえ誰を望むことも必要ない。
左腕をナイフで切り裂いた。この血さえあれば、大丈夫。すぐに良くなるから。
「お兄様、どうぞお飲みになってください」
人差し指で唇に触れると、お兄様が僅かに口を開いた。その開いた唇の間から、私のこぼれ落ちる血を。
私の血がありますから。そんなに辛そうになさらなないでください。
お兄様の飢えを癒すのは、私だけ。
「お嬢様、あまり血を流しすぎますと……」
「黙れ時田! 入ってくるなと言っただろう」
「景様より様子を見るよう承りました。それと、こちらを」
「余計な心配じゃ」
時田は一礼し、診療室を音もなく出て行った。開いた扉から少しだけ外の風。吐き気がする。どこからか虫の鳴く声が聞こえる。腕の傷が、骨を軋ませるように痛んだ。
お兄様はまだ目を覚まさない。それで良いのだ。この人は知らないで良い。
診療台の上の呼吸は穏やかに変わった。
それから私は汚れたままであったお兄様の服を取り払った。体に付着した誰かの血とお兄様の胃液を拭き取った。時田の置いていった、白いタオルが何枚も何枚も。