願望

 お団子が食べたい。今猛烈にお団子が食べたい。
「食べりゃ良いじゃないか」
「だってお団子なんてどこにもないじゃん。兵太夫、持ってる?」
「持ってない。持ってたとしてもあげない」
「だよね。あー、お団子食べたいなー」
「呼んだってお団子は来ないだろ」
 それは判ってるけど、ともかく今はお団子が食べたいのだ。
「お団子ー」
 呼ばわりながら廊下を歩いていると、何となくその先にお団子が待っているような気がしてきた。
 心なしかお団子の匂いがする。
 廊下の角を曲がったところで、向こうに緑色の制服――六年だ――が二つ並んでいた。
「廊下で騒ぐな一年坊主ども」
 片方は立花先輩、それからもう一人が、
「騒いだところで団子がこっちに来るわけでもないだろうが」
 潮江先輩だった。
「団子が食べたいです」
「さっきから団蔵がそればっかりうるさいんです」
「聞こえていた」立花先輩が肩を竦めた。
「間が悪い事に、ここに三つだけ団子があるのだ」
「三つ?」
「そうだ、三つだ。小平太にでも分けようかとも思ったのだが」
「下級生が優先だな」
 そう言って潮江先輩と立花先輩は顔を見合わせ、徐に肩掛けのもの入れを外し、中から笹包みを取り出した。
 笹葉の清涼な香りと、少し粉っぽくて甘い匂いを微かに感じた。
「くれるんですか?」
「ください!」
 と僕らが片手を差し出すと、
「ただし条件がある」
 立花先輩が、にーっと笑った。
「今から授業で実習に向かうのでな、道具を選んでいたところだったのだが」
「変わりに取ってきてくれねえか」
「えー?」
 兵太夫が眉を八の字にした。僕も無理難題を言われそうな雰囲気を感じる。
 先輩達を信じてないわけじゃないけど、授業でからかわれたり騙されたり、委員会でこき使われたりしてるもんだから、こういう場合一筋縄ではいかない気がする。
「保健室に薬を取ってきて貰いたいだけだ」
「どのくらいですかぁ」
「そうだな」
 立花先輩が指を顎に当てて、考え込んだ。
 そんなに色々あるんだろうか。
「二人で行ってギリギリ、ぐらいだ」
「そうだな。私たち二人分となるから、そのぐらいにはなるだろう」
 先輩二人が難しそうな顔をして言うので、僕と兵太夫は顔を見合わせた。これは面倒な事になってしまった。
「では任せたぞ。私たちはほら、あそこの蔵にいるから」
「団子代だ、ちゃんと行ってこいよ」
 潮江先輩が踵を返す直前に、僕の手にむりやり団子を置いていった。横を見ると兵太夫も同じく団子を二包み手にしている。
 答える間もなく二人の先輩は蔵の方へ歩いていってしまった。
「じゃあ僕はこれで……」
「兵太夫!」
 兵太夫まで踵を返して帰りそうになったので、慌てて肩を掴んだ。
「だってめんどくさいよ、保健室ってここから遠いし」
「団子貰っちゃったじゃんかよ」
「じゃああげるよ。食べたかったんだよね?」
 立花先輩から手渡されたらしい団子が僕の手の上に乗せられた。
 僕の手に食べたかったお団子が三包みも手に入った。だけどこれは納得がいかないぞ。
「お前も来いよ」
「やだめんどくさい」
「手伝え!」
 僕は兵太夫を無理矢理引っ張った。保健室までの遠い道のりを引きずったまま進むのは、あんまりな話だ。というか無理がある。
 でも一人で保健室に行くのも何だか嫌だった。
 僕一人で行ったら、先輩二人の約束を破ってしまうような気がする。
 先輩達は兵太夫にもお団子を食べて貰いたいと思ったのだから、兵太夫が貰った分は兵太夫が食べるのが筋なのだ。僕が貰ったら駄目だ。
「何だよ、真面目ぶっちゃって」
「だって立花先輩がせっかくくれたんだよ。荷物運びぐらいしようよ。遠いって言ったって、学園内なんだし」
 兵太夫は相変わらず眉を八の字にしたまま僕に引きずられていたのだが、いつのまにか軽くなっていた。
「離せよ」
「あ、ごめん」
 ちゃんと自分で歩いていたのだ。嫌そうな顔をしているけど、最初からその気だったのかもしれない。兵太夫は強情張りだから、時々天の邪鬼な行動をしたりする。
「保健室ってさあ」
「うん」
「今日乱太郎が当番で居るはずだよね」
「そうだ、朝言ってた」
「じゃあ乱太郎にも手伝わせよう。お団子一つ余るし」
「食べないの?」
「そんなに欲張りじゃないよ。多分そのために余ったお団子だったんだ」
 一つ、二つの包みをそれぞれもって保健室に行くと、乱太郎と伊作先輩がお茶を飲んでいた。
 どうしてだかお団子も沢山あった。これは乱太郎に手伝って貰うのは無理かもしれない。
 僕達が潮江先輩達の実習について告げると、伊作先輩が、
「おかしいな」と頭を捻った。
「い組はもう今日の授業は終わってるはずだけど」
 六年にもなると数日間をかけて実習が行われる場合などで、授業時間が不安定になるらしい。潮江先輩達は昨日まで実習で遠くへ出かけていたのだという。
「じゃあ僕らはどうしたらいいんでしょうか」
 伊作先輩は暫く目を閉じて思案していたが、ぱっと目を開いて僕の持っているお団子を指さした。
「それはどうしたの?」
「潮江先輩と立花先輩からもらいました。これの代として使いをしてくれと」
「ああ、成る程ね。二人は何所にいるって?」
「蔵の方です。あの、運動場の方にある」
「そうかあ」伊作先輩はにっこり笑った。「二人が頼んだものが判ったよ。ちょっと待っててね」
 そう言って伊作先輩は席を立ち、保健室の奥の部屋に入ったかとおもうと、すぐに戻ってきた。
 両手いっぱいに笹に包まれたお団子を持っている。僕らが貰ったのと同じものだ。
「はい。持てる?」と言いながら僕と兵太夫に同じ量だけ、お団子の包みを持たせた。
「僕は委員会で夕方まで来れないと伝えておいてね」
「はい。あの」
「うん?」
「これでいいんですか?」
「僕らお団子を運ぶためによこされたんですか?」
 手に乗った大量のお団子、困惑するに充分だと思う。
「そういう日もあるさ。まあ、あの二人に騙されたんだね、要するに」
 何の事か判らずに僕らが顔を見合わすと、乱太郎が奥で茶を飲みながら笑っているのが見えた。
「最初からあるだけ渡せばよかったんじゃないですか」
「どういうこと?」
「潮江先輩達がさっき保健室に来て、それで三つだけお団子を渡したんだよ」
「わかんない」
 兵太夫が答えた。
 乱太郎のかいつまんだ説明が事実を説明しているのは判るけど、それ以上が判らない。
「いやね、今日来客があって、新野先生へといってお団子を沢山下さったんだ。茶屋の何某だとかいう人でね。それを僕らがさらに新野先生から頂いているのを、どうしてだかあいつらが嗅ぎつけて「よこせ」とそういうわけさ。あんまりにも態度が横暴だったんで、二人で分け合うのに揉めればいいと思って三つしか渡さなかったんだけど、まさかここで後輩を請求によこすとは」
 多少棘のある言い方をしているけど、伊作先輩は至極楽しそうだった。
「可愛い後輩の頼みでは断れないからね。蔵の裏手に、知られていないけどちょうど良い休息所があるんだ。二人はそこだろうから、早く行ってあげな。小腹が空く時間帯だから焦燥して待っているだろう。でも遅くはなるが、僕も行くからと伝えておいて。小平太と長次も呼ぶだろうから、団子を残してくれるかどうか怪しいからね」
 どうしてそんなことまで判るんだろう、と思っていると、伊作先輩は「一を聞いて十を知るのが忍者というものさ」と教えてくれた。
 潮江先輩達のたくらみに全く気がつかなかった僕らには耳の痛い話だ。
「それと、そのお団子は君たち二人にあげたものだからね。あの二人に全て取られないようにしなきゃだめだよ」
 と最後に忠告してくれた。
 団子の包みは重たかったが、取り合えず僕らは大量の団子を食えることが判ったので、結構満足だった。

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