痩せた牛が馬鍬を引いて歩く。その牛よりももっと痩せた農民が田植え歌を高らかに歌い、次の収穫についての見通しが無い事に目をそらしている。

 とみの土地ゆく子のほまれ、今日のよい日の田植え歌
 とみの川水尽きぬ世に、伸びる早苗のうるわしや
 天の恵みやそそがれぬ、赤き心を永久にせん
 稲の万歳、御代の万歳苗や植えましょ、この土地へ
 植えし田の面蓬莱の、影をうつせば尊しや

 歌いながら農民達は慣れた手つきで苗を土地に根付かせていく。きり丸の目から見ると、彼らの手はそれ以外の仕事には相応しくないように出来ており、地面を愛で苛みながら生きる事が最初から決められていたかのように思えた。
「乱太郎んち、去年の収穫はよかったんだよな」
「うん。ウチは結構安定してる方だから。それにとーちゃんが忍者の仕事もしてるし」
「いいな、それ」
 小さな声で言ったので、乱太郎には聞こえなかった。
 また最初から歌が始まる。節に合わせて上下させる手が、何とも虚しく思えた。
「とみのとちゆくこのほまれ、きょうのよきひ……」
「きり丸、ちょっと違うよ。とみのとちゆくこのほまれ、きょうのよいひのたうえうた」
「とみのかわみずつきせぬみよに、のびるさなえのうるわしや」
 きり丸が歌うのは、この村の人間が歌うものと調子が外れている。乱太郎はどうしてだろうと頭を捻るったが、一人ぐらい違う事を言っていようが、周り中が村人総出で同じ歌を歌っている。きり丸の声は押しつぶされて消えてしまう。それに違う歌だからといって、きり丸の仕事ぶりは全く文句ない。止める理由も見あたらず、おかしいなと思いながらもとやかく言うのを止めた。
「てんのめぐみをいだくこに、やまとごころをあかだすき」
 きり丸が歌うのは、彼が偶然に考え出しているというわけではなくて、口がかってにそう歌ってしまうとかそういった反射的行動の類のようだった。
 今は稲を植えているが、この仕事の結果が直接腹に溜まるわけではない。そう考えると虚しいとも思ったが、同時に気楽だとも思えた。
 きり丸は、今よりもずっと幼い頃は不安定ながらも、畑を頼りに生きていたのを思い返していた。その生活は良かったのか悪かったのか、今では考えられない。
 その頃農家をしていたきり丸の家は、平均的に貧しかった。乱太郎の父のように別な稼ぎ口を持っていれば、もっと安定した生活だっただろう。そう思うと、ひもじく過ごした日々が苦く思い出される。
 だがその後に訪れた苦しい事件について思い出すと、ただの農家であった日々が幸福だったと思い出される。
「田植えの仕事は割が合わないからなー」
 どうしてもと乱太郎が頼み込まなければ、こうして久しぶりに農作業に精を出す事も無かった。割が合わないという以上に、複雑な気持ちで二度と出来ないだろうと思っていたのだ。
 田植え歌も忘れたと思っていた。ところがいざ初めて見ると、ふつふつと記憶が蘇ってくる。
 乱太郎の村と嘗てのきり丸の村とが離れているからか、田植え歌は節々に違いがあった。それを周り全てがちがう節で歌っているというのに、きり丸は懐かしい音を自然と口に出していた。

 いねのよろこび、みよのよろこびいうえつけん、このみはた
 うれしたのつらあまつよの、かげをうつすもとおとしや

 村人の歌い声を耳にするまで、その存在すら殆ど覚えていなかった。再び口ずさむ事は無いのだろうから、とも考えていた。ところが実際は予想に反し、懐かしい響きはしっかりときり丸の胸の中に閉じられていたのである。懐かしい思いに目が痛くなる。
 だが、作業の手を止め顔を上げたときに悟った。
 知らぬ顔に囲まれている。誰もきり丸の知った村人ではない。懐かしい顔など何所にもいない。
 歌は、違う歌だ。少なくともきり丸の歌っていた歌は彼を残して永遠に消えてしまった。今懐かしく思って稲を植え付けようと、ここは乱太郎の村で、自分の暮らす土地はない。
 いくら懐かしく思っても、もうこのような村などでは、よそ者でしかないのだ。
 足首を浸した水が急に冷たくなった気がした。
「きり丸?」
「早く終わって街に帰りたいよ」
 目敏く親友の変化を見つけた乱太郎に、冗談めかして答えた。
「給料分はさぼるなよ」
「わかってるって」

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