おかしな夢だ。陸の上を歩いているのだが、ぼうっと空を見上げると、水面がある。水面は青と白が複雑に入り交じり、白の部分は陽光が強烈に反射しているのだと判る。白い部分から斜めに陽が射す。光の波がはっきりとした線になって落ちているのだが、森の中のために木々に遮られ、自分の歩いている所までは来ない。
 そのうち、自分が酔っていないことに気がついた。陸の上にいるというのに酷く気分が良い。天井が海だからだろうか。
 気分が良いので歩き続ける。鳥が飛んでいた。空の上まで飛び上がる。すると、鳥ではなく魚になった。威勢良く波間から飛び上がるのは、飛び魚だった。こころなしか普通の飛び魚よりも更に胸びれが大きい。殆ど透明の翼のため、はっきりとは見えない。
 大きな羽でもって宙を跳ねる飛び魚が、次々と現れる。水上を滑り、水中に戻る。何匹も何匹もそれを繰り返す。気がつくと、鬼蜘蛛丸は歩いているのではなく、泳いでいた。下に今まで歩いていた道と、茂る森が見えた。
 真横に飛び魚の群れがいる。順繰りに飛び上がる。混ざれるだろうか。魚たちの透明な羽には似ても似つかない、無骨な筋肉に覆われ黒く日焼けした両手で水を掻き、水面に近づく。
 揺れる水面が目の前に来る。飛び上がれば、海の上だ。
 両手を構え、力一杯に広げる!
「うわっ」
 勢いよく布団を払いのけて、目が覚めた。反動で上体が起きあがる。何の事はない、いつも通りの船室だ。
 飛んでいったのは自分の体ではなく、薄い布団一枚だった。
 その飛んでいった布団を視線で追うと、部屋の隅でぐしゃりとなってもぞもぞと動いている。
「網問か?」
「違いますよ」布団が返事した。
「あいつは今日の炊きです。もう飯ですが、食べられますか?」
「この通り、もうぴんぴんしている」
「ああ、じゃあ持ってこさせます。ところで一体、この仕打ちは何ですか」
 義丸が布団から顔だけを出してにやにや笑う。何とも情けない恰好だが、逆に鬼蜘蛛丸の方が何だか気恥ずかしくなった。
「いや」と言葉を濁し、言い訳を探していると、船が大きく揺れた。
 ふと、鬼蜘蛛丸が真剣な顔になる。
「この分では、早めに帰り着くかもしれないな」
「今のは何ですか」
「良い海流に当たった。誰が舵取りだ? 中々上手くやっているな」
「揺れだけで判るもんですかねぇ」
 酷く関心した様子で、義丸は頷いて出て行った。手負いの上司のために食事を取りに向かったのだ。それにしても寝起きの失態はもう忘れただろうか。言いふらされては敵わない。得に食堂なんていう皆が集まるところで話をされると、全員に知れ渡ってしまうだろうし。
 面倒でも自分で食堂へ行こう。そう思って立ち上がろうと、両足に力を入れた。が、動かない。
 さっきは虚勢を張ったが、先日の戦闘で負った傷は全く癒えていない。そのことを具に思い出すと、じんじんと痛みが湧いてきた。早く陸へ戻り、治療に専念した方がいいだろう。
 それにしても変な夢を見たものだ。海の中の心地よさに浸りつつ、海の上に憧れる夢か。傷の所為だろうか。

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