西洋人形
焼け焦げた館跡で、奇妙な人形を拾った。殆ど灰になってしまってよくわからないが、それは見た事もない服を着ていた。ふっくらとした顔は炎に炙られ黒く爛れていたが、青いびいどろの目がぎゅっとこちらを見ていた。
「その玻璃の玉、高く売れそうだな」
横からきり丸が覗き込んで、今にも奪い取らんばかりに言う。何となく勿体ない気がして、さっと後ろ手に隠した。
「何だよ乱太郎、くれないの?」
「きりちゃん、これは僕が拾ったんだよ」
「いいじゃん」
「じゃあきり丸は、これが何か知ってる?」
焦げた人形をじっと見て、うん?と首を捻った。
「人形だ」
「だよねえ。でもこんなの見た事無いよ。服も、材質もわかんない」
「そんなのどうだっていいじゃん。な、頂戴」
「だーめだって。気になるもん」
そこに離れたところで作業をしていたしんべヱと土井半助がやって来た。
「なあにそれ。お人形?」
「しんべヱは、これのこと知ってる?」
「うん。それねえ、南蛮の女の子の人形だよ。とっても高級品で」
「高級品!」
きり丸がぎらと目を光らせ舌なめずりをした。
「こらこら。それは乱太郎が拾ったのかい?」
「はいそうです。もうこっちは大分片づきましたよ」
「こっちもだ。そろそろ学園に帰ろうか」
帰り道、西の空が真っ赤に燃えている。そこに残り火の煙が細く棚引いていた。反対側の空には数時間前の大火事が残した煙が、雲のように黒く空を覆っていた。
乱太郎の手にした人形の目が、ちらちらと夕日を反射して切なく光る。爛れた肌と見慣れない顔は、よく見ると不気味だった。
「土井先生はこの人形、見た事ありましたか?」
「うん? いや、私も初めて見たな。南蛮渡来の人形なんて貧乏人には縁がないからなあ」
「僕は何度も見たことあるよ」
「しんべヱんちは金持ちだからな。あーあ、目玉だけでも高く売れるだろうなー。なんで、だめなんだよ」
「別にきりちゃんにあげてもいいけど」
「お、気が変わった?」
乱太郎は少し考えて、
「よく見たらちょっとブキミだよね」
と言った。
茜色の陽差しが斜めに差し込んで、乱太郎の俯いた顔に灰色の影を作った。乱太郎の目から見える世界は泣きたくなるような灰色と茜色。手にした南蛮の娘の爛れた肌が色褪せた。
「先生、館の主人は火事になって困ったでしょうね」
「そうだなあ。でも街の方に本家があると言っていたから、住むところには困らないだろう。火事跡を片付けてくれるなら残ったものは自由にしていいなんて言うぐらいだから、裕福なもんだ」
「戦跡で暮らしたい人間なんかそういないでしょ。金持ちなら尚更。まあだからこそ稼げるんすけどね」
「稼ぐのはいいが、そのために教師を使うな」
「いいじゃないっすか、もうツベコベ言わないでも」
「ツベコベってお前な」
「なあ乱太郎、気になるってどういうこと?」
「ん?」
「さっき言ってた」
「ああ、そうだっけ。何で人形なんかあったんだろうって思ってさ」
「人形があるとおかしい? ぼくんち、カメ子が集めてるから結構いっぱいあるけどなー」
「女の子ってそうだよね。だから娘さんがいるのかな」
「そうかもなぁ」
「でももしそうじゃないとしたら、きっと誰かに似てたんじゃないかなと思ったんです。想像だけど」
「女の子がいないとしたら?」
びいどろが夕日を受けてきらきら光る。じっと何かを絶えているような顔で、眉一つ動かさずに何かを見つめている。
持ち主は、この不思議な青い目に誰かの姿を重ねていたのだろうか。
「まあ、本当の所はわからないが、もし乱太郎がそうだと思うなら持ち主に返しに行くか?」
「えー! だって拾ったものは好きにして良いって言われてるんですよ」
「うん、だからこれはきり丸にあげる。もう持ち主はいらないってことだ思います」
「そうか」
「はい。でもそれが何だか、寂しいなって思っちゃって」
だんだん日が落ちていく。赤かった空が、もう半分以上は透き通った青色に変わっていた。
「あ、一番星」
しんべヱが指さした先に大きな一つ星が光った。でもまだ、びいどろの目の方が澄んだ色で瞬いている。
「きっと人形によく似た人が、どこか遠くに行っちゃって、人形もいらなくなっちゃったんじゃないかなあ」
乱太郎がまだ残っている茜色に向かってぽつりと言った。それは想像に過ぎないが、焦げ臭い匂いと青い空が、どこか寂しい。