現代パラレル 012

※現代パラレル(設定)

部屋で一人作業していると、メールが届いた。

今ピアノ空いてますか?

 小松田君からだった。使っていなかったので、空いていると返信した後、何でそんな事を聞くのかと追加して送ろうと本文を打っている時にチャイムがなった。
 多分小松田君だな、と思ったら本当に小松田君だった。どこからメール送ったんだ?
「ピアノお借りしていいですかぁ?」
 手には分厚いスコアを抱えていた。
「突然だな」
「突然思い立ちました」
「何で」
「今日本番なんです」
「いつから」
「夕方です。おじゃまします」
「本当におじゃまだよ」
 聞いているのか聞いていないのか判別出来ないような感じに笑って、靴をバラバラと脱ぎ捨て勝手に部屋へ突入していった。
 小松田君が来るのは初めてではない。慣れたもので、勝手にピアノの前に座った。
「何それ」
「ワーグナーのパルジファルです。今日後輩が演奏会だからって」
「ふーん」
 あんまり突っ込んだ話をするとめんどくさくなりそうだと経験上判断して、途中になっていた作業に再び取りかかった。編曲作業をしていたのだが、練習したいというのならと多少心遣いをして、スピーカーからヘッドフォンに切り替えた。
 しかし、ヘッドフォンを突き抜けて聞こえてくる容赦ないピアノの音。乱暴に容赦なく早い。激しい曲調だ。
 でもパルジファルってこんな曲だったか?
「小松田君」
「はい?」
「練習した?」
「昨日の夜一回弾きました」
「一回って、君、合わせとかは?」(*合わせ 共演する演奏者と一緒に練習する)
「それが忙しくて出来なくて」
 絶句した。
 一回弾いただけでも一応曲になっているのは、まあ認めよう。何だか違う曲のように聴こえるが。それにしても歌い手とはぶっつけ本番だって? 頭が痛くなる。僕には全く関係ない話だが、それでも心配のあまり胃が痛いような気がしてきた。
「何所を弾くの」
「二幕全部です」
「……え?」
「二幕全部です」
「それって確か一時間ぐらいあるよね」
「ありますねえ」
 もう何を言えばいいのか判らなかった。内容によっては少し協力しようと思ったけど、もう手の付けられない絶望を感じる。
 僕には関係ない話なんだけど、でも、これはあんまりにも酷い話だ!
「本番まで練習してていいですか」
「今更それを聴くなよ……いいけど、出来れば」歌の人も呼べば、と言おうとして止めた。より面倒が広がると悟った。
「出来ればなんですか」
 気づいて欲しく無い事には、ちゃんと突っ込みを入れてくる辺りが憎らしい。
「そこの棚にパルジファルのCD入ってるから、オーケストラのだけど聴きなさい」
「は〜い。どうもご親切にありがとうございます」
 本当だよ。
 小松田君といると、疲れる。縁を切りたいと常々思うが、何故かそうもいかないのだった。

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