現代パラレル 006

※現代パラレル(設定)

6000打 「6年の酒盛り(原作・現パラどちらでも)」リクエスト

 電柱は真っ直ぐに立っているのに、どうしてガードレールは歪んでいるんだろう。
「おい、文次郎」
「何だ」
「立てないから、座る」
 道路向かいのコンビニが異常な光を発している。文次郎はおぼつかない足取りで、その光の中に消えた。光の向こうに行ったのだ。
 あ、何かロマンチックだな。
「光の向こうに行ったのだ」
 口に出してみるとなお良い響きだ。何かに使えないだろうか。そうこうしているうちに、どうやら文次郎はコンビニに入ったのではなく、一人で先に帰ったのだと気がついた。
 まあ酷い。まあままある事だ。あいつも酔っているのだ。判断力の低下が著しい。僕も。
 なんというか、酔っている時は考えている言葉が変になると思う。普通考えるのに、別に言葉が確実に必要なわけじゃないけど、どうも酔うとわざわざ言葉を頭に並べてしまうような気がする。ああ変だ。僕だけだろうか。だとしても、ああ、本当にどうでもいいな。関係ないと考えようとして、もうどうでもいいやと続いて、ああ何であんなに飲んだんだろう。
 未成年なのに。て言ったって、法律を本気で気にしているわけじゃないよ? 心に引っかかるモラル的な何かしら、未成年でも大学上がれば普通酒飲むでしょ、新入生歓迎行事で普通に酒出てたし。学校の行事なのに。
 何が何だか判らなくなってきそうだ。整理しよう、頭を。
 ここは学校の前だ。門の横だ。門の横あたりの、ひしゃげたガードレールの下の段差に今座っているわけだが。
 何でここを選んだのかというと、最初電柱の下に座ろうと思ったんだけど、それほどに酔っぱらって気持ちが悪い状態なんだけど今、そう電柱の下は汚い、犬猫の小便とかかかってんぞ、と文次郎が言ったので道路に座ったのだ。
「水置いとくぞ」
「ああ、うん」
 光から戻ってきた文次郎が、顔を上げると――顔を上げたのは僕だ――いたので、軽く驚くと、文次郎は「百円」と言った。
「水、いくら?」
「百円」
「ありがとう、百十二円?」
「細かいな」
「ごめんでも後でいい?」
 前途のように僕は酔っぱらっているのだが、以上の思考の通り酔っぱらいと言えども意識はしっかりしている。だから文次郎の持ってきたミネラルウォータの小さいペットボトルが税込み百十二円であったことも、現在財布の中に六円しか入っていない事も、もちろん当然覚えている。
 六円しか入っていないのは、今日仲間内でちょっとした事をやってその打ち上げに出たんだが、僕はまさかこの疲れている時に打ち上げなんか無いだろうと思っていたから財布の中に千四百二十六円しか入れていなかったのだ。だのに打ち上げは決行された。本当は一人二千百二十円になったのだが、僕は何か仕事を沢山やったのでという事で千四百二十円でいいという事になった。あまりに僕の持ち金が少なかったので、そうして貰えた。気の良い奴らなのだ。盛大に飲んだのに許してくれた。飲んだというか飲まされたと言うべきか。にしても七百円の差額は大きいので、次にやつらに合った時には一人一つずつガリガリ君を奢るという約束になっている。計、三百六十円。税込みだったっけ。
 ところでそのうち一人が文次郎だったわけだが、ガリガリ君どころか水を買ってきて貰ってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「この恩はガリガリ君二本目で」
 と告げると、大げさにため息をつくのが聞こえて、文次郎は今度こそ一人で帰ってしまった。
 ほっとした。どうしてかというと、本気でそろそろ吐きそうだったからだ。道端で吐くのなんて誰にも見られたくない。人気のない道に限るのだ。とは言っても、未だ外で吐いた経験は無いけど。(小平太が駅で盛大に吹き出したのや、同じく駅で文次郎が倒れたと思いきや気絶したまま液体を吐いていたのはよく覚えているが、気持ちが悪いので思い出したくない)
 それにしてもこの場所は吐くのには少々良くない。コンビニで人目がある。違う、コンビニに来た人とか店員とかの人目がある。それに深夜だといっても、近所に住んでいる学生は多いし、誰に見られるか判ったもんじゃない。見られても良くある風景として処理されるだろうが、その良くある風景の一員になるのは嫌だ。
 ああ、でも立ち上がるほどエネルギーは無いな。酒ってアルコールだから直ぐにエネルギーになるんじゃないんだろうか。どうなんだろう、僕の体の中。気になってきた。
「大丈夫?」
 突然誰かが話しかけてきた。コンビニの逆光でよく見えない。酒で湿った、低い声だ。多少態とらしい。酔っぱらいだろうか。僕もだが。
「どうしたの? 気分悪い?」
 はあ、こういう事もあるのか。親切な人はいるものだ。行き倒れの大学生なんかそこまで珍しくないというのに。この間なんか血流して倒れてるやついたぞ。しかし酒が入ると親切にしたがる人もいるのかもしれない。
「水か何かいる?」
「あるので」
 と足下に置いていたままのペットボトルを持ち上げた。思い出したので、蓋を開けて飲む。ペットボトルの蓋をぷちっという感じで最初に蓋を開けるのは結構面白いと思う。ところでさっきの僕の声はちゃんと出ていただろうか。もの凄く力ない声を出した気がする。
「結構酔っぱらいじゃん。俺もだけど。やばくない? 歩けそう? 俺んち超近いんだけど、二分ぐらい」
 うちも近い。五分ぐらいだけど。なんでこんな道端の人に優しいんだろう。普通連れて行かないだろ、家に。よっぽど可愛い女の子なら別だけど。いや、よっぽど可愛くても、僕には無理だろうな。
 そいつは僕に背を向けてひしゃげたガードレールに腰掛け、まぼろしの様に光るコンビニを指さした。よく判らない光景だ。道端でご近所さんと交流か。
 てゆうか、小平太じゃん。
「友達と一緒に住んでんだけど、帰れなさそうだったら来る? 今俺の連れがコンビニ行ってんの」
 指さした先には、コンビニから出てきた長次がいた。あほらしい。僕が返事をしないでいると、「いいの?」と一度訊ねてから、小平太は長次の方へ歩いていって、得に振り返りもせずに帰っていった。
 なんてよく判らない経験をしてしまったんだろう。
 酔いの種類が変わった気がした。目は冴えたと思う。小平太が見えなくなってから、立ち上がって六分かけて家に帰った。
「おかえり。真っ白だな」
「仙蔵以上だろ」と言ったつもりだったが、何かにうんざりしたのでせん、ぐらいで言葉が引っ込んだ。
 たまらず玄関に座り込むと、出迎えた仙蔵がため息を付いた。
「三人目だぞ」
 文次郎と小平太か。やはり小平太も相当酔っていたのか。と考えていたのだが、
「伊作帰ってきた?」
 共同のリビングから小平太の元気な声が飛んできた。さっきの酔っぱらってたのは?
「お前が一番酷いな。ある意味やつらも酷いが」
 仙蔵が放って奧へ引っ込んでいってしまったので、僕はこのままだと玄関で夜を明かすんじゃないだろうかという危機感に襲われて力を振り絞って立った。
 こうなると勢いづくもので、急にテンションの上がった僕は大股で廊下を進み(四メートルもない)居間へ突入した。
 居間に入るんじゃなくて自室に戻るべきだった。テンションが上がった自分の行動力が意味判らない。
 そこで僕を待っていたのは、新たなる大量の酒と手の付けられない状態に酔っぱらった友人達の姿だった。さっき長次が購入していたのは酒だったのだ。
「……迎え、酒」と言うが意味が判らない。それより水をくれ、あ、手に持っている。
 結局飲んだ。倒れながら飲んだ。さっき僕を出迎えた仙蔵は正気を保っているうちにさっさと寝てしまった。僕は暫くしてからやはり吐いた。
 小平太がさっき道端の人を助けようとしたという話をしていたが、僕が思うにそれは僕で、文次郎が代わりに言ってくれたが、断りもなく共同住宅の中にそう他人を連れてこられては困るという話だ。

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