現代パラレル 002

※現代パラレル(設定)

 舞台を一つ作り上げるというのは、実際並大抵の事ではない。計算外の事が必ず起こり、予想のあるなしに関わらず、必ず何かしらトラブルが連発する。
 だけどそれにしても、僕が所属するこの劇団は、問題が多すぎる気がする。
 次の公演が正味二週間後へと迫ってきた稽古場。予想内のトラブルが、発生していた。
「できない」
「やれ」
「したくない」
「やれ」
「い、や、だ」
「テメエ……」
 ああ、爆発寸前。導火線が見えた時点で、対処しておくべきだった。
「できるとかできないとかじゃなくて、やれっつってんだよ!」
「それはできない。あの振りは私の許容範囲を超えている。お前の作る振りは気に食わん」
「がーーー!!!」
 あーあー。下級生もいるのに。演出とキャストが喧嘩してどうするんだよ。
「もんじーっちの振りが悪いの?」
「もんじーっちじゃねえ!」
「文次郎の振りは確かに難しいけどねぇ」と僕がフォローを入れようとしても、頭に血が上った二人に効果無し。それどころか今の一言は仙蔵のプライドに触ったらしい。
「難しい、ではなく奇妙なのだ! 私にできないわけではない! この私があのような振り付けが相応しくないと言っている!」
「俺見てないから知らないけど。でも仙ちゃん、踊れないとシーンできないよ」
「そうだ! 大体、役者たるもの、役を貰ったらばどんな無理難題でも、やらせていただきますだ!」
「お前の振り付けとなると話は別だ!」
 下級生が超見てる。不破は僕以上にオロオロしているし、鉢屋など下を向いて笑いを必死にこらえている。
「上級生がこんなんじゃ示しがつかないだろう!?」
「制作の癖に偉そうに言うな! だいたい仙蔵が悪いんだ」
「何を言う! 文次郎のキモさが最大の原因だ!」
「キモくねぇ!」
 だめだ、僕じゃ駄目だ。舞監、舞監に止めて貰わないと……。
「長次ぃ、止めに行った方がいいんじゃない?」
 と小平太が言うと、長次は眉間にしわを寄せて、小平太を睨んだ。よーく聞くと、「もう止めている」と言っているような気がする。
「中在家先輩、声が小さすぎて、誰にも聞こえてないみたいですよ」と綾部。彼も長次に睨まれたが、全然気にしてない風だった。
「喧嘩を…めな…なら……」
「喧嘩を止めないなら!」
 極小に呟くもんだから、誰にも聞こえていない。仕方ないから僕が変わりに、喧嘩中の二人に向かって叫んだ。
「……役を降り……らう」
「役を降りて貰う! ……え? ちょっとまって、それじゃ公演打てないよ」
 脚本的に、文次郎は主役、仙蔵はヒロインだ。二人が抜けたら、話にならない。
「……代わ……いる」
「代わりぃ?」
「小平太……久々…と綾部…んで来…」
「綾部は隣にいるよ」
「……!!…」
 全然気がついていなかったらしい。彼はどさくさに紛れて、僕らの輪の中に入り成り行きを観察していたのだ。何事にも興味が無さそうなのに、色んな所に首を突っ込んでくる、謎の男綾部喜八郎。それと久々知?だって?
「平助! ちょっとこっち来て!」
 なにやら台本に書き込みをしていたらしい手をとめて、何にも知らないような顔をして彼は来た。同じ部屋でトップ二人が派手に喧嘩をしていたというのに、本気で何が起こってるか気がついていなかったらしい。図太いというか、何というか。彼の場合は天然だろうか。
「…蔵の代…りは…部、…次…の代わり……々知が……」
「仙蔵の代わりは綾部、文次郎の代わりは久々知がやるんだって!! すげー名案じゃん!!」
「何ィ!?」
「何だと!?」
「げっ」
「何言ってんの、長次!?」
 文次郎と仙蔵と久々知と僕が同時に不平の声を上げた。綾部は既に台本読みにかかっている。
「今二週間前だよ!? ここでいきなり変えたら、歌も振りも衣装も演出も全部やり直しじゃないか!」
「喧……して…る二人…使うより……」
「確かに文次郎と仙ちゃんをこのまま使うよりはいいかもね」
「小平太、自分のシーンに関わらないからって適当に言わないでよ!」
「あの、僕は主役をやる器はないと思うんですけど……」
「……やれる」
「俺もできると思うよ! 振りも自分で作っちゃいなよ!」
「だーー! 小平太!」
「久々知先輩、読み合わせしに行きましょう。隣の部屋、今空いてますよね?」
「うん? いや、不破が音響の作業してなかったっけ? あ、今ここにいるってことは終わったのか」
「じゃあ使わせて貰いますね。先輩、行きましょう」
「え、え? 本気で?」
「明日…でに仙………次郎が解…策を考え……なかったら」
「明日までに仙ちゃんと文次郎が解決策を考えてなかったら、そうするって!」
 長次が超ローテンションで呟いた言葉を、小平太が高らかに言い放ち、部屋に一瞬静寂が訪れた。
 これは嵐の前の静けさか。
「この私が……この私が役を降ろされるだと?」
 仙蔵がわなわなと震えている。プライドが高い彼に、主役降板は酷く堪えたらしい。
「降ろされてたまるか!」
 文次郎も同じく、続ける。
「行くぞ文次郎!」
「おうっ!」
 あっという間に。仙蔵と文次郎は、共に練習場を出て行ってしまった。その様子に、一同呆然とする。綾部なんか結局ヒロインをやれるのかやれないのかよく判らない事になって、いつもにもましてぼーっとしているように見える。
「こ…でいい……」
 長次が一人満足げだった。

 翌日、二人は新しい振りをひっさげて、練習場へ戻ってきた。
 昨日二人で納得がいくまで振りをアレンジしていたと言う。殆ど徹夜だと、さらに隈が濃くなった文次郎と、相棒と同じように隈をこしらえてしまった仙蔵が、得意げに口をそろえて言っていた。舞監である長次に「体が資本だ(だから無理をするな)」と叱られていたが。
 それにしても二人とも、頑固なのか柔軟性があるのか。ともあれこれで無事公演に向かえそうである。

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